駄文

500円コース 01


気づくと扉の前に居た。どうやってここまで来たのか、どうしてこの前に立っているのかさっぱり分からない。見知らぬ街だが周りには人も居るし、建物だってある、なのにその扉だけがやけに目に付いた。特別なこともない木目の扉なのに俺を惹き付けてやまない何かがあり、気づくと何も考えないで俺はその扉のノブに手をかけていた。
おい、どうして俺は入ろうとしている?この先になにがあるのか知らないのに。どうして、どうして、思考と行動が一致しないまま扉を引いて中へと踏み出した。眩しくて目が開けられなくて俺は目を瞑る、でも何が眩しかったのか分からずに恐る恐る目を開く、そこにあったのはなんてことの無いカフェ。
どうして俺はあんなに眩しく感じたのだろう?客だってちらほら居るしおかしなところなんてなにもない。
なんだ。普通じゃないか。けれど自分で入っておきながら戸惑う。別に喉だって渇いていないし、そもそもカフェなんてしゃれた場所に俺はあまり入らない、なのになんでここに入ったんだ?
「いらっしゃいませ」
疑問に首を傾げていると給仕服を着た男性が声をかけてきて、どうしようかと迷う。別に目的があってここに来たわけじゃない、どうしよう。
「こちらへどうぞ」
俺が戸惑っている間もその男性はどんどん席へと案内する。ここで帰るのもおかしいので、コーヒー一杯くらいならいいかと考えつつ俺は案内された窓際の席へと座った。
「お客様、こちらへのご来店は初めてでございますか?」
男性の綺麗な声が俺へと問いかけた。
「え、は、はい」
戸惑いながら頷いて戸惑う、なにか特別なことがここのカフェでは必要なのだろうか。
「それではメニューのご説明をさせていただきますね」
そういうと何故かその給仕は俺の前の席へと座って更に戸惑う、普通店員は立っているものじゃないのか?どうして客と一緒に座ってるんだ?俺の動揺をよそに給仕は白の装丁をされたメニュー表を広げた。
おしゃれな文字で書かれているが、俺が思っていたメニュー表と違ってただ値段だけが並んでいる。上から500円コース、5000円コース、50000円コース、500000円コース、ってちょっと待て待て!どこまで値段が上がっていくんだよ!!500円の次が5000円しか無いなんてそんな馬鹿な!
「お客様が御覧になっていただいたとおり、こちらのコースがございます」
「はあ」
それしか返事できない。というかカフェでコースってどういうこと?ケーキセットのコースとか?全世界のコーヒーフルコースとか?
「当店はお客様の願いを叶えさせていただいております」
え?
「金額によりその願いの幅や質は変わってきますが、最低コースであろうともきちんと願いは達成されます。細やかなご要望があるようでしたら金額を上げていただければある程度の細かな願いも叶えることが出来ます」
え、なに、なんなの?新手の詐欺?
「注意事項と致しましては、多額の金額を積まれても「お金が沸いてくる泉を発見する」「魔法使いになる」「人の感情を歪めて欲しい」「人に害のある願い」、たとえば人を殺して欲しい、などという人を不幸にするような願いは受け付けられません。
他にも細かく叶えられない願いというものは存在しておりますが、そちらのご要望を聞き無理な場合は金額を払われる前に確実にこちらから伝えますので、お金を払ったのに願いが達成されていないなんてことにはなりませんのでご安心ください。
ただ値段設定を低くされて求めていた願いと食い違っているというようなことがございましても、わたくし共はそちらがおっしゃられた希望通りに願いを叶えていますので、その願いが達成されたとこちらが受理した後には対応できかねますのでご了承ください。何か質問はございますか?」
綺麗な声で色々と語ってくれて、質問はございますか?なんて質問されても俺にはさっぱり意味が分からない。
「え……えぇと、ここってなんですか?」
「お客様の願いを叶える場所です」
そうだ、初めにそんなことを言っていた。
まさか、とかそんな馬鹿な、詐欺か。とか色々な考えが浮かぶけれども俺の頭の中はほとんど真っ白だった。当然だろう、こんな非現実的なことああそうですかなんて簡単に信じられるほうがおかしい。
でもそうだな。5000円なんて大きな金額は出せないけれど(それ以上の金額は俺の金銭感覚には含まれていない多額の金である)500円くらいだったら騙されたっていいかもしれない。
「じゃあ。500円コース。でお願いします」
もしこれが詐欺だとしても500円ならあきらめがつく。
「分かりました。お客様の願いはなんですか?こちらの紙へどうぞお書きください」
願い事と随分ファンシーに書かれた紙を差し出されて俺は早くも後悔した。女子なら大喜びするかもしれない、女子っていうのは占いとか好きみたいだから。これもそういうものかもしれない。
でもはてと俺のペンは止まってしまう、ピンと来る願い事がない、願い事、願い事、どうしようか。
テストで100点?…そんなの願ってない、別に何点だってかまわない、お金持ちになる、うん素敵だ。でも金銭に関することは駄目だって言ってたな。
うーん、うーん……、あ、そうだ。俺はさらさらとペンを走らせる。願い事はこうだ。

素敵な恋人が出来ますように

うん。なかなかいい願い事だ。今まで恋人が欲しいなんて騒いだことはなかったけれど、かわいい女の子とデートするのはきっと楽しい、ふわふわしてて笑顔がかわいい素敵な女の子がいい、恋人が出来たらとても大切にしよう、相手の望んでいることを出来るだけかなえてあげたい。
でもなんだか少女染みた願い事で、恥ずかしい気持ちも沸いてきた。
俺の願い事を見た給仕の男性はにこりと微笑んだ。
「とても、素敵な願い事ですね」
そう言われて恥ずかしさが更に増す。
「あなたの願い事、承りました」


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