駄文

500円コース 09


それから毎日のように叶先輩に弁当を作って持って行くようになった。母親はそれをとても喜んでくれて毎日丁寧に教えてくれた、そのおかげで腕はめきめきと上達したし、料理自体が楽しくなった
それに先輩は弁当箱を必ず洗って返してくれる。そのなかには菓子がいつも入っていて、それはチョコレートだったりきらきらした飴だったりと様々だったがいつも一口で食べられるようなサイズ。そんなふうに物を貰うのは申し訳ないと思いつつ、次は何が入っているのだろかと期待してしまっている。
先輩はいつも優しくて俺が何かを気にしているとすぐに反応してくれたり、とても気が効く人だ。先輩と居ると世界がきらきらする。どきどきしたり恥ずかしくなったりして落ち着かないこともあるけれど、先輩と一緒の空間は心地よい、でも俺達は恋人同士になったはずなのだけれど、弁当を渡すのは友達としてはイレギュラーな出来事ではあるかもしれないけれど、恋人らしいことをなにひとつしていないような気がする。先輩はそれで満足なのだろうか?本当はもっと恋人らしいことがしたいけれど、俺に合わせようとしてくれているのかも。
「どう思う?康成」
学校帰りに康成の家に寄って相談を持ちかける。相談する相手が間違っているような気もするけれど、叶先輩とのことを話せるのは康成しか居ない。
「いや、どうって聞かれても…」
康成はねこじゃらしでダンと遊びながら顔も向けず渋い顔をする。友達の相談にその態度はないんじゃないの?こっちは困ってるんだ。
「先輩がどうのという前に望はどうなんだよ」
康成の言葉が分からずに首を傾げる。
「望はそーゆー恋人っぽいことを望んでるのかってことだよ」
俺が先輩と恋人っぽいことをしたいか?
………、想像すると自分の顔が爆発したのではないかと思うくらい熱くなり、その幻をぱぱぱっと手を払って打ち消す。
「恥ずかしいだろ!なに想像させてんだよ!!」
「いや、望がなにを想像したのかは知らないけどさ、望的にはOKなの?」
康成はねこじゃらしの手を止めない、ダンは必死になってそれを掴もうとしている。
「先輩が望むなら」
自分からしたいかしたくないかと問われてもよく分からないけれど、先輩がそれをしたいと望むのなら恥ずかしいけど別にかまわない顔、顔の赤みを消すように顔を手で扇ぐ。
「………」
本音を伝えると康成のねこじゃらしが止まった、とたんに目を光らせてダンが飛びつきねこじゃらしを奪うとがしがしと咬む。
「薄々感じてたけど、それもう完全に叶先輩のこと好きだろ」
康成の言葉に俺は一瞬固まって、折角顔の赤みが消えてきたのにまた顔が熱くなった。

****************

付き合い始めてからというもの望君は毎日のお弁当を作ってくれるようになった。毎日ちょっとずつ上手になっていくのが見ていて楽しいし、僕のために朝から早起きをして作ってくれるのが申し訳ないけれども嬉しい。
せめてものお返しにとお菓子を入れて弁当箱を返しているのだけれど、それでは物足りないと思う。毎朝早起きをして作るのとお菓子を詰めるのでは全然労働力も違うしつりあわない、大してお返しも出来ないような男を望君はどうして好きになったのだろう。
望君が僕のことを好きだと、ストレートに伝えてきたことを思い出して顔が熱くなる。真っ直ぐな瞳、真っ直ぐな感情、上目使いに僕を好きだという望君に僕はどきりとした。
その後悲しそうに伏せられた瞳を見て僕は付き合おうと声をかけてしまった。どうすればいいのか分からなくて朝迎えに行った。それも今も続いているし朝一番に家族以外の人間で僕が望君を見ることが出来るのだと思うと何故かすごく満足した。

望君は僕が迎えに行くたびに少し慌てながらも僕のところにやってきて嬉しそうに頬を赤く染めながら微笑むその姿がたまらなくかわいい。
彼の望むことならなんでも叶えてあげたい、そう思うほどに僕は望君に思考を独占されていた。でも望君は何も望んでこない、手を繋ぎたいとか、もっと一緒にいたいとか、わがままを言わない、元から望君の片思いから始まったこのお付き合いだ。
「僕に遠慮しているんだろか…」
望君についての相談を同級生で友人でもある成宮に持ちかけた。彼は偏見が無くなんでも受け入れてくれるから僕が後輩である望君と付き合うことになったと言った時も、恋人が出来てよかったな!と祝福してくれた。男だとか女だとか、年の差だとか、成宮は関係ないと思っているらしい。
「どうだろうなぁ?叶のほうが先輩だし、気を遣うところはあるのかもしれないな」
ずずずと縁側で緑茶を飲む成宮、行儀が悪いから止めなよと言うのだけれど言うことを聞いてくれない。
こういうところ康成君に似ているのかもしれない。
僕は彼の自宅にある縁側でこうして話を聞いてもらっていた、康成君の家には劣るが成宮の家も立派な日本家屋だ。
「望君が何も言わないからといって、僕が何もしないのはやっぱりいけないことなんだろうか?」
心では望んでいても声には出していない、そんな願いがあるのならやっぱり叶えてあげたいとは思う。
「うーん。でも叶はそれでいいの?話を聞いたところ元々は後輩君が叶に対して片思いだったんだろ?断るのがかわいそうだから付き合った」
こういわれると僕は酷い男だ、好きでもない相手をその気にさせている。でも、僕は僕なりに望君のことをとても大切に思っている。
「そうだけど、でも恋人になったんだし、望君の思うことはなんでも叶えてあげたいんだ」
「ひとつ聞いてもいいか?」
のんびりとお茶をすすっていた成宮が湯のみをことりとコースターのうえに置いた。改まった口調で言われたため少し身構えながらも頷く。
「もし別のかわいー子が、今までずっと好きでした!って告白してきたとする。そしたら叶はどうするんだ?」
何その質問。愚問だ。
「もちろんお断りするよ。だって望君と付き合っているのに他の子と付き合うなんて不誠実じゃないか」
その子と付き合うことになったら、望君と恋人を止めなくてはいけないということだ。彼を悲しませるようなことはしたくない。
「叶が後輩君と付き合ったのって、断ったらかわいそうだからだろ?じゃあその子は?かわいそうじゃないのか?」
もしもの話だけれど、その子は断られたことで傷ついて泣いたりもするのだろう、ちくりと胸が痛む。でも僕が隣にいて欲しいと思っているのは望君だ。
「それでも僕は望君を取るよ」
「うん。薄々感じていたけど、それもう完全に後輩君のこと好きだよ」
成宮の言葉に一瞬固まって、一気に顔が熱くなった。

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