駄文

500円コース 10


気づかぬうちに叶先輩のことを好きになってしまっていたらしい。
それはいい、これで本当の両想いになった。嬉しけれど今まで以上に先輩と一緒に居るのに緊張してしまう、先輩が隣に居ると思うだけでこそばゆくて、恥ずかしくて、おかげでせっかく綺麗な秋晴れの下、中庭で弁当を広げているというのに気持ちがいっぱいで弁当の味がちっとも分からず、風に舞ってひらりと紅葉の葉っぱが落ちるのを目で追いかけた。
「どうかした?おはしが進んでいないみたいだけれど」
先輩の言葉にはっとして俺は首を横に振るった。
「いえっ!全然元気です!!」
おかしな日本語を使いながらも急いでご飯を口のなかへかきこむ、そんな食べ方をしたものだから咽てしまった。
「大丈夫?ほらお茶」
先輩は俺の背中をさすってお茶まで差し出してくれる。先輩の心遣いに感謝しながら俺はお茶を先輩の手から受け取りゆっくりと飲み干し一息つく。落ち着いた。でもせっかく落ち着いたのに先輩とのあまりの近さに気づいて顔が熱くなった。
「あ、あの…叶先輩…顔、近くないですか」
言葉が少しひっかかりながら口にすると、先輩の顔も赤く染まった。
「あ、あぁ…ごめんね」
それから沈黙。お互いに顔を赤くしたまま黙ってしまうなんて、どうすればいいのだろう。どうしよかと視線を彷徨わせる。
「叶先輩」「望君」
一呼吸おいて名前を呼ぶと、同じタイミングに声が被った。
「えと、先輩先にどうぞ」
驚いて声が裏返ってしまった。先輩は俺に譲ろうとしたのかぱくぱくと口を動かしたが、譲ったとしてもお互いに譲り合って話しが進まないのではないかと思ったのか先輩は言葉を紡いだ。
「明日は土曜日だし、望君の都合がつくのなら僕の家に来ないかな?」
どうしよう、すごく嬉しい。
顔が熱くて地面に視線を落とす。こんな状態で先輩を直視できない、こんな変な顔先輩に見られたくない。
「駄目、かな?」
恐る恐ると聞かれた言葉に慌てて首を振って顔を上げた。
「そんなことないです!嬉しいです!」
「よかった」
俺の言葉を聞いて先輩はほっとしたように微笑んで、風が吹いて地面に落ちてしまった紅葉が舞い踊った。

****************

授業が終わった後先輩は俺の教室へと迎えに来てくれた。俺からも先輩の教室へと出向こうとしたことがあったのだが、下級生が上級生の教室に行きづらいだろうという先輩の計らいでその話はなしになった。だから先輩と一緒に帰るときには(と言っても康成が気を利かせてたのか特別な用事が無い限り毎回先輩と一緒に帰っている)先輩が俺の教室へと迎えに来るのが日常になってしまっている。
先輩が好きだと自覚してからは初めてのことなので妙に緊張してしまい鞄を片手に固まってしまった。
「早く行って来いよ!」
康成に背中をばしんと音が出るほど強く叩かれた。
「行くからっ、そんなに叩くなよ」
「望がぼんやりしてるからだろ」
康成はからからと笑ってちっとも悪びれる様子も無い。そんな康成にまた明日と軽く手を上げてから先輩の元へと行くと、先輩は優しく「行こうか」と言って康成にも軽く挨拶をしてから歩き出した。
隣を歩く先輩を見上げる、整った顔立ち、自分より頭ふたつぶん高い身長、窓から差し込む光を浴びて柔らかい光を帯びている、とても綺麗だ。
校舎を出て、自宅を通り過ぎて、いよいよ先輩の家が近くなってくるのだと思うと心臓の鼓動が早くなった。先輩の優しい声が右から左へと流れていき、右足と右手が同時に出ているような気がしてならない。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
「ごめんなさい。なんか変に緊張しててっ」
「謝ることはないよ。僕も自分の家に戻っているだけなのに緊張しているし」
「そ、う、なんですか」
先輩が頬を赤く染める、そんな先輩の顔はなんだか少し幼く見えてなんだかかわいくて、こんなことを言うだけで精一杯だった。
こんな調子で大丈夫かな、先輩の部屋に入ったら倒れるんじゃないか。しばらく住宅街を歩いていくとここが僕の家だと、白くて絵本の中に出てきそうな可愛らしい家の前で立ち止まった。
玄関先には花が植わっていて綺麗に整えられていて、外見からもとても綺麗にしているんだろうなという印象を受ける。そこへ如雨露を持った花柄のエプロンをかけたふくよかなおばさんが家の影から出てきた。
「お帰り、叶。そっちは友達?」
「うん、後輩でもあるんだ」
先輩が頷いて俺に視線を向ける。ちゃんと挨拶をしなければ。
「はじめまして。藤崎望といいます。叶先輩にお世話になってます!」
90度きっかりとお辞儀をしたと思う。しばらく声がしないので不安になって顔を上げると先輩の母親はぽかんと口を開けて目を真ん丸くしていた。なにか俺は変な対応をしてしまったのだろうか、戸惑っていると、叶先輩の母親は豪快に、楽しそうに笑った。
「ははははっ!れーぎ正しい子だねぇ!!友達のかーちゃんの対してそんなお辞儀をするの初めて見たよ。こっちこそ、息子が世話になってるね。ささ遠慮せず上がってきな!葡萄がたらふくあるからたくさん食べてきな!」
先輩の母親はそう言って俺を歓迎した、この性格のおかげで俺の緊張はいくらか吹き飛んだ。玄関から家へと入る、丁寧に靴を揃えて叶先輩の後に続いた。
「僕の部屋は2階にあるんだ」
そう言って先輩は階段を上がって廊下を歩く、先輩の部屋は一番奥の部屋だった。先輩がドアを開けてどうぞと先に入るように促される。これから先輩と二人きりの空間だと思うとさっき吹き飛んだ緊張がまたやってきて、ばくばくと心臓がなり始めた。
俺はありがとうございますとお礼を言って先輩の部屋へと入った、先輩の部屋は綺麗に整頓されていた。
本棚は作家順に並べられた小説やDVD、奇妙でよく分からない置物もなんだか様になって飾られている。
「飲み物は何がいい?」

「え、あ、おかまいなく」
先輩に勧められてラグマットの上に座る、俺の返事にお茶持ってくるねと微笑んで部屋を出て行った。残された俺はひとりどきどきする心臓を抑える、落ち着け、落ち着け。
深呼吸をして先輩の香りを吸い込んでしまって余計に落ち着かなくなってしまう、俺は変態か!ひとり悶えている。
少しすると、開けてもらえるかなと声が聞こえて慌てて立ち上がった。
小さなテーブルにふたりぶんのコップ、隣に並ぶ先輩。なんだか落ち着かなくてコップを握りしめてちびちびとお茶ばかり飲んでしまう。
「映画でも見る?」
「え!?はい」
ひとつの言動にびっくりして頷く、先輩はそんな俺を見てくつくつ笑っている。やっぱり先輩は緊張しているようには見えない。
DVDデッキに円盤が吸い込まれて、隣に先輩が座る肩が触れ合いそうな距離、触れていないのになんだか右肩が熱く感じるような気持ちがして落ち着かないままテレビ画面に向き合った。
映画は2時間で終わった、会話もなくじっくりと魅入ってしまいエンドロールが流れた時には流れる涙が止まらないほどだ。
「俺映画見て泣いたの久々です」
涙を拭いて見上げると先輩の瞳には涙がうっすらと溜まっていた、すごく綺麗で息を呑む。先輩みたいな人が涙すると絵になる。どきどきして、それをごまかすように強く目を擦ると先輩の手が伸びてきて遮られた。
「強く擦るとよくないよ」
手で俺の涙を拭うように頬に手を滑らせる、その手つきがすごく優しくて、顔が熱くなった。
俺の頬に手を添えたまま先輩は固まっている、どうしたのだろうと見ると先輩も顔を赤らめてこちらを見ている。
心臓が暴れ出した、…どうしよう、キス、したいかもしれない。でも先輩は?どうなのだろう、戸惑ったけれど決心して先輩と距離を縮めて彼の唇に触れた。でも恥ずかしくなって離れて俯いてしまう。緊張しすぎていて何が何なのか分からなかった。
「望君、その…」
先輩の声が上ずっている。
「え、と……」
なんて答えればいいのだろう?おずおずと先輩の顔を見ると彼は真っ赤になってこっちを見ていた、先輩もこういうことで動揺するんだ、その様子がかわいい。
「よく分からなかったから、もう1回してもいい?」
先輩の言葉に驚きながらも頷く。今度は俺からじゃなくて先輩からのキス。待っているだけでも心臓がどきどきしてきて、恥ずかしくて今にも逃げ出してしまいたい、目を閉じて待つとそっと先輩の唇が触れてすぐに離れる。
「かなえ、せんぱい」
名前を呟くと、先輩はもう1度と、触れてくる。今度もすぐに離れたけれどもまた触れて啄ばむようにして触れてくる。
「っ、ふ」
何か返したほうがいいのかもしれないけど、対応が出来ない。緊張もあってうまく息が吸えない、ハードなことをしているわけでも無いのに息が上がってくる。
「先輩、先輩」
どうしよう。どうすればいい?縋るように先輩の服を掴むと、至近距離で頬に赤みを乗せたままふわりと微笑んだ。どうしよう、かっこいい、綺麗、恥ずかしい。これ以上顔が赤くならないだろうって思っていたのに今まで以上に顔が熱い。
「かわいい、望君」
ふと零れる先輩の言葉、俺はかわいいなんていわれるような人間じゃないけれど、先輩がそう言ってくれるなら嬉しく思ってしまうから不思議だ。先輩は幸せそうに嬉しそうに再び小さくキスをする。ああ。もう。
「叶先輩。もう俺オーバーです。恥ずかしい」
両手を前に出して距離をとった。これ以上続けていれば恥ずかしさで死んでしまいそうだ。先輩は目を丸くしたかと思ったら同じように頬が赤く染まった。
「ごめん。望君がかわいくて、思わず」
「叶先輩のほうがかわいいし綺麗です」
先輩は綺麗な人だ。もちろん整った顔をしてるというのもあるけど、その行動や考え方が綺麗なものに見えて仕方が無い。
「ありがとう。でも望君が思っているほどいい人でもないよ」
「そんなことないと思いますけど」
叶先輩を知る人ならばみんな口を揃えていい人だと言うと思うのだけれど。
「その証拠に、君のことを好きだと自覚する前から付き合おうなんて言ったからね。もちろん今は君のことが誰よりも好きだよ」
好きだ。と言われたことに対してか顔が熱くなっていくが。その前に聞き捨てならないようなことを聞いた。
「好きじゃないのに、付き合おうって言ったんですか?」
あれ?おかしくない?
「うん、望君が僕のことを好きだと知って、断るのが申し訳ないと思ってしまったんだ。同情から付き合ってしまったということだね」
それはおかしい。
「ちょっと待ってください。僕が何時、叶先輩を好きと?」
叶先輩のことは好きだけれど、自覚したのはつい最近だ。
「望君には悪いと思ったけれど、君が康成君に相談しているのを聞いてしまったんだ「叶先輩がどう思ってるように見える?」って、それって僕が君のことを好きかどうか気になっていたということだよね、それにその後望君は僕に「好きだ」と告白してくれたし」
告白の時のことを思い出しているのか先輩の頬が赤く染まった。
「待ってください。俺はその頃叶先輩が俺のことを好きなんじゃないかって思ってて、その事について康成に相談してたんです」
「え?」
今度は先輩が固まった。
「叶先輩すごく優しかったので、先輩が俺のこと好きなんじゃないかって。康成の家に行った後に先輩が僕のことどう思ってる?って聞かれたから、てっきり俺の気持ちを知りたがっているのかと思ったんです」
互いの言葉が止まる。つまり俺達は互いに相手が自分のことを好きなんじゃないかと疑い、相手を傷つけないように恋人という関係になった。勘違いだった。でもその頃からお互いに惹かれるところがあったのだろう、そうでなければそんな理由で付き合ったりしない。
「そっか、そうだったんだね。なんかおかしな関係だったんだね、僕ら」
「そうですね」
くすくすと笑い合う。にしてもとんだ勘違いだ。相手が自分のことを好きだなんて思い込みも甚だしい。
「じゃあ、ちゃんと言わないと。望君のことが好きです、僕と恋人になってくれますか?」
「喜んで」
笑顔で答えると、叶先輩が抱きしめてくれて、腕を伸ばして抱きしめ返した。


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