駄文

風渡り03


一夜明けた次の日、夜明けとともに目覚めた風渡りは、昨日梅に呼び止められて進むことの出来なかった場所へと行くことに決めた。まだ薄暗い部屋から出て、昨日宴会を催した場所とは思えないほどに、静まりかえっている部屋を抜けて家を出ると冷たい風が頬を撫でた。住民の気配もなくただ静寂だけがあった。
建物と建物の間、鬱蒼と草木が覆い茂ったその向こうへと足を進める、葉がちくちくと当たって煩わしいがそれでも奥へと進んだ。しばらく歩いていくと開けた場所に出る、そこに巨大な建物があった。背の高い木がなければ里からこの建物は見えたはずだ。近くに里があることを知らずに先にこれを見つけていれば、森のなかにぽつんと謎の建物があると思っただろう。
近づいてみると扉の鍵は頑丈なもので出来ていて鎖でぐるぐると巻かれている、本来窓であるはずの場所には幾重にも木が打ち付けてあった、はじめの頃に打ち付けたと思われる木は腐食してボロボロになっていたが、その上からまた別の新しい木が何度も重なっているせいで、中の様子を見るとは出来ない。その建物の横に回ってみてもどこの窓も同じように打ち付けてある。
周りに何かないかと視線を動かすと、建物から少し離れたところに土が山なりになっている場所を見つけた。近づいて上の土を払って息を飲む、白骨だ。動物か別のものかは判断が出来ないが擦り切れた跡が残っている。まるで、歯で噛んで肉をそぎ落としたような。さらに土を払う。風渡りの目はそれを捉えて土を払っていた手が止まり、ゆっくりとそれを引き上げた。頭蓋骨、この形は動物じゃない。人か、獣人のもの。
「一体何が…」
独り呟いて、その白骨を土へと戻した。もっと情報が欲しい。今度は建物の裏側へと回って目を見開いた、陣を描くようにお札が何枚も張られている。これは封印の陣。これが出来るのはひとつの種族しか居ない、風渡りだ。
ただもう何年も昔のもので力は微弱、持ってあと数週間というところ。封印の陣があるということはこの中に何かが封印されているということになる。でも何故封印を?風渡りは首を傾げた、風渡りのやるべきことは危機を取り除くことなのにこれは単なる一時しのぎでしかない、こんないつ破られてしまうかもしれない曖昧なことを風渡りはやらない。嫌な予感がして胸がざわざわする。この封印を破り中を見ることは簡単だが何が隠されているのか分からずに開けるのは危険すぎる。とんとんと倉庫を軽く叩いてみると中からとてもか細い音が遠慮がちに叩き返してきた。
「中に誰かいるのですか?」
驚きつつも話しかるが、答えは無くこんこんとまた弱々しい音が返ってきた、中にいるものは喋ることが出来ないのかもしれない、大量の札で隔離されている何かがたたき返しているのか、何らかの理由でここに押し込められた者がいるのか。音だけを信じるのも危険すぎる、このことを里の者はきっと知っている。けれど口を揃えて平和だという彼らが本当のことを言うのかどうかも怪しい。
「風渡り様、そんなところで何をしているんですか?」
声がして振り向くと眼光の鋭い目が風渡りを貫いた。若君だ。
「偵察を」
手短に答えた、探ることを許可したのは彼だ。
「そこはただの物置です、あなたが興味があるようなものを置いてあるとは思えません」
「封印の陣が敷かれています。普通ではない」
「以前ここに来た風渡り様が手土産においていったのです。それだけです」
口元に笑みを浮かべたが目が笑っていなく、こちらを威圧しているように見える。彼は何かを隠したがっていることを今の会話で風渡りは核心したが、この様子ではこの中を見せてもらうどころか話を聞くことも不可能だ。ここは里の者に気づかれないように慎重に行動したほうがいい。ここは1度納得したふりをして引き下がろう。
「若様!!」
そこへ子供の声が割って入ってきた。ぴょこぴょこと長い耳を跳ねさせながら走ってくる様子は可愛らしいが、その眉はハの字になっている。
「どうかしたのか?」
「は、はい」
子供は頷くが風渡りが気になるのか、不安そうな視線をよこす。
「私のことは気にしないで言ってください」
その言葉に子供は頷くと若君に視線を向ける。
「人が、若様に話があると」
「分かった、すぐに向かおう」
口調はいつもと変わらなかったが、その瞳に敵意のようなものが宿ったのを風渡りは見逃さなかった。ここの住民は梅や柚子を受け入れていたので、人と獣人の争いとは無縁なのかと思っていたがそうではなかったらしい。若君は子供の案内で里の中央にまで出向くと、人が獣人の静かだが敵意の篭った視線を向けている、人はそれに睨み返す。
「長は何処にいる!小僧じゃ話にならん!!」
背が高く肩幅の広い男がだみ声で叫ぶ、彼は交渉に向いてなく、静止を聞かずにこちらにやってきたように見えた、彼の周りに居るのも気性の荒そうな男たちばかりだ、彼らが獣人を見る目は妖を見る目となんら変わりない。
「長は所要で居ない、代理で僕が聞きましょう」
静かな口調で若が言う、子供は不安そうに若君を見上げている。
「てめーじゃ話になんねーんだよ!!」
男は大声でがなり立て、子供は怯えて後ずさった。
「私が聞きましょう」
風渡りが若君の前に出た。彼は顔を顰めて、風渡りに視線が集まった。
「じょーちゃんはひっこんでな」
「兄貴、あの子は獣人じゃねぇ。風渡りだ。ひっひひ、にしても風渡りは野朗でもお綺麗な顔をしている奴が多いと思ったが、女はその非じゃねぇな」
下卑た笑いを浮かべたのは隣に居た男。風渡りは人と獣人を超越したものだといわれているが、この者たちにとってはなんてことない種族なのだろう。
「話す気はありますか?あなた方の口から話したくないとおっしゃるのなら、そちらへ出向いて話を聞きましょう」
「はっ、いいぜ。風渡りが居るなら好都合だぜ。俺らの意見はなぁ!村の子を返せってことだよ!!野蛮な獣は村の子供を攫ってってんだよ!!」
野蛮なのはどちらの口調か、だが子供が居なくなるというのは聞き捨てならない。
「何かそっちに困ったことがあったらすぐに俺たちのせいにする。野蛮なのはどっちだ」
風渡りが詳しい話を聞く前に別の声が割って入った。宴会の席で風渡りに椅子を勧めた肩幅の広い男だ。
「ざけんなっ!!獣のやつらが子供を連れて行ったっていう目撃証言があるんだ!!おい、やっぱ話ても無駄だ。話し合いなんて止めだ!かたっぱしから探せっ!!」
男が声を荒げると、周りの男が「おお!!」と声を張り上げてそれぞれに散っていこうとする。人がいなくなったことで彼らが焦るのもわかるが、これではあまりにも一方的すぎる。盗賊とやり方が変わらない。
「いい加減にしなさい」
風渡りが意思を持って足を地面にこすり付けるのと同時に風が巻き起こり男たちを吹き飛ばす。
「っぐあっ!」
ばたばたとひとつの場所に倒れていく男たち。
「てめっ、獣の味方なのかよっ!風渡りのくせに!」
「私は、どちらの味方でもありません、常に中立。しかしそれも話が出来なければなんの意味もない、話にならないのはあなた方のほうです。私がきちんと話しを聞きます、思うところはあるでしょうがあったことだけを伝えなさい」
感情に任せず淡々とした口調に男たちは静かになっていく。
「―………分かった、話そう」
「2つの意見が衝突しないように獣の里の皆さんとは離れた場所で話しましょう」
人の男たちは静かに頷いた、風渡りが男たちを連れてこの場から居なくなるのを獣人たちは静かに見送った。

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