駄文

風渡り06


獣の里は焼け野原と化していた。炎を消し止めるすべを持たない彼らは、ゆっくりとその火が沈静化するのを待つほかなかった。各々の顔に浮かぶのは疲れの色。
風渡りはそれを見ながら静かに思う、風渡りというものはその場所にある災を払うために存在している、ここには確かに災厄をもたらす妖が居た。この里の長を喰らい、風渡りを食らった忌むべきもの。
だがここの里のもの、特に長の息子である若君は、長が居なくなったということを受け入れることが出来ずにその妖を長いこと匿ってきた。歪んだ形だったとはいえ、表面的には平和な里だった。それを崩したのは自身。あのままそっとしておけば、若君があんなにもぼろぼろになって泣くことも無かった。この里が焼け野原となることもなかった。蓋をしておくべきだったのか?風渡りは一瞬浮かんだ思いをすぐにかき消す、そんなわけはない。確かに蓋をしたままでいれば表面上は平和を保つことが出来たのだろう。けれどその蓋が開くのは時間の問題で、それが今だったというだけ。それにあれが喰らい続け、もっと力をつけていたらここに今生きているは生き残れなかった可能性だってあった。
「…ゆる、さない。お前の、お前のせいだっ!!お前のせいで里はなくなった、お前のせいでっ、父君も亡くなった!!」
若君が風渡りを鋭い目つきで睨みつける、肯定も否定もしなかった。周りの住民もなにも喋らない。
「出て行け!早くこの場所からいなくなれっ!!顔もみたくないっ!!」
近くにあった小石を風渡りに向かって投げつけられたがとても弱々しく、服に当たっただけでぽとりと落ちた。この地にあった災厄は取り払われた。風の声も聞こえない。風渡りは静かに一礼する、彼の傷を癒すのは風渡りの役目ではない。
「人の子よ、私と来なさい。家へと帰しましょう」
獣人達のよって捕らえられていた子供を呼ぶ、子供たちはこの場の雰囲気に圧倒されながらも家に帰れるという言葉に風渡りの元へとやってきた。彼女は獣の里に背を向ける、声を上げるものも、引き止めるものも居なかった。ましてや感謝されることなどありはしない。
なんとも嫌な幕切れだろう、他にもっとなにか方法はなかったのかと考えてしまう。
「かぜわたりさま」
里の出口へ差し掛かったところで幼い声に呼び止められて振り返った、そこには柚子とその手を握っている梅の姿があった。
「どうかしたのですか?」
「ありがとう、あの人を終わらせてくれて」
幼い声に目を見開く、この半妖は知っていたのかもしれない。あの場所にいたのがなんだったのか。
「後のことは気にしないで下さい、若様のことも。…きっと、大丈夫になると思いますから」
眉を少し下げ悲しそうな表情をしつつも梅は微笑んだ。彼の周りには心配するものが大勢居る、大丈夫だ、あの里はまたやり直していける。もっと、ずっと、よい方向へと。
「えぇ、そう願います」
こんなことを口に出来る立場ではない、終わらせたのは自分だ。それでもそう願わずにはいられない。風渡りは静かに彼女達に別れを告げた。次に向かうは人の里、この子供たちを家に帰してあげなくては。しばらく歩いたところであの里を守っていたお札を見つけた、随分と草臥れて力はもう感じない。それを拾い上げてそっと握りしめる。父はきっと若君の反応を見てあの妖を倒すのを躊躇った。優しい人だった、家族想いの人だった、大好きな人だった。祈るように目を閉じてお札を両手で包み込む、どれくらいそうしていたのか子が心配そうに服を裾を握ってきて彼女は目を開けた、両手を開くとそれは意志を持ったかのように風のなかに飛んで行く。
風渡りは風の声を聞き様々な場所へと赴く、父親は風に還った。彼女もまた同じ場所へ還るまで歩き続ける。

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