駄文

死に旅 01


「あぁ、ここなら死に場所によさそうだ」
海を見ながらポツリと出た言葉。無意識にされど本心で。俺は死に場所を求めて車で走り続けてきたのだから、みゃあみゃあとなくウミネコの声、朝の澄んだ空気に混じって塩の臭いがする。太陽に反射して海がきらきら光っている。 美しいであろう光景が広がっているのに心の中はがらんどうで何も心を動かさないことが悲しい。
「おじさん、死んじゃうの?」
ぽつりと少女の声がして振り向く、そこには真っ赤なランドセルを背負った小さな子どもがいた。俺は言葉に戸惑う、何故ここに子どもがいるのかという疑問と、子どもを前にして今から自殺をするだなんて言えるわけがないという気持ち。だからといって嘘を吐くのもはばかられた、子どもは案外鋭い。言葉に戸惑っていると子どもが口を開く。
「一緒に連れて行って」
「………え?」
今のこの子どもはなんと言った?
「一緒に逝きたい」
天国へ。と子どもは続けた。冗談だろうと開くはずだった口が、思考が、固まった、子どものスカートから伸びる足は痣だらけだった 。子どもは視線に気づいたのか泣きそうな顔になる。
「連れてって、おとうさんのところへつれてって」
小さな背で精一杯こちらを見上げて懸命に伝えるその瞳には揺らぐことのない悲しい決意で満ちていた。
「おじさんは、ここに決めたわけじゃない」
この子どもに何を思ったのか、俺はそんなことを口にしていた。
「おじさんは……旅人なんだ。この世で一番綺麗なところで最後を迎えようと思って」
何を言っているんだ俺は。ここで終わりにしようと思っていたじゃないか。自分でも戸惑いながら子どもに視線を向ける。
「素敵だね」
子どもは眩しそうにこちらを見つめた。

子どもを車に乗せた途端に後悔はやってきた。視線を向けると心配ごとなどなにもないような顔で助手席に座って居る。その光景は違和感しかない
「お母さんは」
「ママが言ったの、いなくなれ。って」
そうか、と頷く。足の痣はとても転んだからできたというものには見えなかった。明らかに殴られた痕や煙草を押し付けられたような痕がある。俺はどうしたものかとため息を吐く、このまま警察に届けようか?でもそんなことをしたからこの子どもはまた虐待の家に戻らなくてはならなくなる。
「行こう」
彼女はサイドブレーキに小さな手をかけてかこんと下ろす。俺は覚悟を決めてエンジンを回した。車を動かしところで行くあてなんてなかった、道も知らぬ土地をただ闇雲に走っていく。車内に会話はない。辺りが暗くなり始めて、車内の時計を見ると 23:42 そんなに走っていたかと赤信号で停車したところで子どもに視線を移す。ランドセルを腕に抱えて、子どもはまだ目を開けていた。まだ10歳になるかならないかくらいの子どもがこんな時間までこんな遅くまで起きていていいのか。なんて場違いなことを思った。だが見知らぬ男の車に乗って眠れるほうがどうかしている。

「おじさん」
「ふぁ。な、なに?」
突然話しかけられておかしな声を上げてしまった。
「おなか、すかない?」
空腹感はあまり感じていなかったのだが、言われて気づく。昼間から何も食べていない。それはこの子どもも同じだろう、俺があの海にいたのは朝、この子どもはおそらく通学していた時間だ。空腹感を覚えるのも当然。しかしここまで考えて苦笑する、これから死のうとしているのにどうして食事なんて採る必要があるだろう。
「コンビニでも寄ろうか」
それでも子どもにひもじい思いをさせるわけにはいかない、見つけたコンビニに車を滑らせた。

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