駄文

死に旅 04


「いらっしゃい」
義姉も俺を快く受け入れてくれた。責められて当然の俺を彼らは逆に気を使っている。
「こんにちは」
子どもの視線と同じぐらいにしゃがんで義姉はにこりと笑った。俺の服にしがみ付くようにして子どもは彼女を見上げた。俺に対して人見知りを発揮しなかったこのこどもが大人に警戒している様はなんだか不思議だったが、普通に考えればこれが通常の反応だろう。
「萩原ゆいなちゃんだ」
子どもの名前を伝え、挨拶をするように促す。
「こんにちは」
消え入りそうな声だった。
「ゆいなちゃん、何か食べたいものはある?」
「…ハンバーグ」
「よし!じゃあ一緒にやってみよう!」
腕まくりのポーズを見せて義姉が笑う、子どもはびっくりして俺の顔をみた。子どもの背中を押して促す、こちらを気にしながらも義姉について行った。ふたりで話せるように気を使ったのだろう。部屋に通され、義兄が椅子に座る。居た堪れずに立ったままいる俺に座ってくれと促されて漸く向かい側に座る。テーブルの上には醤油やらソースやら生活感溢れるものが載っている。キッチンは奥まっていて子どもと義姉の声が聞こえてくるが姿は見えない。
「あの子は?」
色々聞きたいこともあるだろうに、義兄が切り出したのは子どものことだった。
「父親を自殺で亡くし、母親とその彼氏に虐待を受けていた子だ」
簡潔に言うと義兄の顔が曇った。
「一緒に連れて行って欲しいと頼まれた」
俺と同じで死に場所を求めていた、とは流石に言えなかった。自分が死に場所を求めていることも伝えたく無かった。
「親御さんに連絡は?」
「いいや」
首を振るう。
「押し付けるようで悪いが、あの子をお願い出来ないか」
他に頼れるところもない、警察に連れて行ったら家に連れ戻される。どういう親か会ったことはないが子どもの怪我の跡を見て、子どもの反応を見て、家に戻されるべきじゃない。
「…君はどうするんだ」
「俺のことは心配しないで下さい」
それでも向けられる視線に大丈夫だと力なく笑って見せた。妻の葬式からまだ日も浅い、傷心しているのは同じ筈なのにこの人は気を使ってみせる。泣きたい、何故自分を責めないのかと声を張り上げてしまいたい。でも、それを飲み込む。
「可愛い!それ猫の形!」
「そう!ゆいなちゃんも作ってみて」
「こう?」
「うんうん、上手上手!」
キッチンから声が響いてきた。俺と接している時よりも明るい声に安心する。相手が自分にとっての脅威でなければあの子はあんなにも人懐っこく、明るい子なのだと知った。子どもは無邪気であるべきだ、そうでない環境を大人が作るべきじゃない。

窓の外はすっかり暗くなり、太陽の代わりに月が照らしている。部屋の中は暖かい空気が流れていた。義夫婦の家に突然お邪魔することになった義弟と見も知らぬ少女。おかしな組み合わせだったが子どもらしい無邪気さを取り戻していて、子どもは自分で作ったと俺に自慢して見せた。それが微笑ましくてつい笑顔を見せた。 風呂までご丁寧に借りてしまい、子ども服がないこの家で義姉のシャツをワンピースのように着て和室で眠っている。義兄は子どもを一瞥し襖を締める。
「ぐっすり眠ってくるな」
「ええ、慣れないことで疲れたんだとおもいます」
普通で考えればありえないことだ。知らない大人について行ってはいけないと教えられているはずの子どもが、自ら連れて行ってと見知らぬ人に助けを求める。もしあの子どもが声をかけたのが変質者だった場合を考えて鳥肌が立った。
「一度親御さんに連絡をしてみるべきだと思うが、あの子は君が引き取ったほうがいいようにおもう」
俺のほうに義兄が顔を向けた。彼の目から見て俺が相当懐かれているように見えたのかもしれない、それと同時にあの子が俺にとって心の癒しとなることを望んでいたのかもしれない。けれど俺は首を横に振るった。
「あの子は女の子だ、必要なのはこんなおじさんじゃなくて、母親のような存在ですよ。もちろん父親も必要だと思う、だけどそれは俺じゃない。勝手な頼みとは十分にわかっていますが、あの子のことをお願いしたい。………もし、もし、それが迷惑だというのなら事情を説明して施設へ連れて行くつもりです」
義兄の顔が歪む。施設行きは彼も望むところではないのだろう。施設が悪いわけではない、そこで友人が出来るかもしれない。けれど、父に甘えるように、母に甘えるように、親の愛情を独占することは出来ない。
「分かりました。でもあなたがあの子の友人になったことには変わりはないわ。もし、ここで引き取ることになったとしたらあなたはあの子の友人なのだから、たまに遊びにきてあげて」
義姉の言葉に俺は曖昧な笑みを返すことしか出来なかった。

back next

inserted by FC2 system