駄文

死に旅 05


障子越しに柔らかな光を感じてゆいなは瞳をゆっくりと開いた、見慣れぬ天井、暖かい布団、一瞬ここが何処なのか分からなかったが直ぐに思い出す。体を起こしてここまで一緒に旅をしてきた相手を探す。この部屋で一緒だったわけではないと知り、布団から起き上がって裸足のまま歩き出す。この家の構造はまだよく知らない、少し怖い気持ちもあったけれど、部屋にぽつんとひとりになるのも嫌で一番信頼している人に会いたかった。
「おじさん?」
小さく声をかけながら進む、返事はない。
「ー、ー、」
話し声が聞こえてきて、声の方へゆっくりと向かう。昨日食卓を囲んだ部屋でおばさんが携帯電話を耳に当てて喋っていた。
「昨日は居たんです!でも、いなくなってしまって。―そんな悠長なこと言わないでください!このまま戻ってこないかもしれないじゃないですか!」
荒げた声に居なくなったのが直ぐにおじさんであることを知った。
「うそつき」
一緒に逝こうって言ってくれたのに。向こうでパパに紹介するの。此処まで一緒に来てくれた人だって、友達になったんだって。それにおじさんはあんなにも泣いていた。大人なのにあんなに泣いて。あのひとをひとりきりにしたらまた泣いてしまうかもしれない。一人ぼっちで泣くのはすごく寂しいことだってゆいなは誰よりも知っている。ひとり玄関へと向かった、外を見ると昨日一緒に乗ってきた車は無くなっていた。コスモス畑へ行ったのかもしれない。小さな足で追いつこうと歩き出した。見知らぬ土地、見知らぬ人、道なんて覚えていない。ただがむしゃらに歩いて進んだ、確かこっちだった、多分こっちだった。休憩を挟みながら進んで、漸く畑に着いた時には正午を知らせる鐘が丁度鳴り響いた。風が吹いてコスモスが揺れる。とても綺麗なのに、会いたかった人はいない。
「何処?おじさん!おじさぁああああーん!!」
大声を出すけれど何処からも返事がやってこない、どうしよう、置いていかれてしまった、たったひとりでおじさんは逝ってしまったんだ。地面にぺたりと座り込んでわあわあ泣く。大好きだったパパも、一緒に逝ってくれると言ったおじさんもいなくなってしまった。キキと自転車のブレーキ音がして、肩を叩かれた。
「大丈夫?怪我でもした?」
警察官だった、ゆいなは首を横に振るう。
「おじさんを探して欲しいの、はぐれたの」
喉を詰まらせながらも答える。
「おじさん?」
「おじさんだよ、一緒に此処まで来たのにいなくなったの」
名前を伝えたくても、彼の名前をゆいなは知らなかった。でも彼の義兄夫婦のことなら聞いた。名前と電話番号。どうしておじさんは教えてくれなかったのだろう。義兄夫婦の名前を出してその人の弟だと伝えた。
「うーん…じゃあ、その番号にかけてみるから一緒に来てもらえるかな。君の名前は?」
「ゆいな。でも、だけど、それよりおじさんを見つけないと」
「大丈夫、ちゃんと会えるよ。安心して」
警官は優しく笑ってゆいなの手を引いて交番へと向かった。義姉がすぐに迎えに来てくれて戻ることになった。

けれど。ゆいなの母親に連絡が取れて、この家に引き取られることになって何年も経った後もおじさんは帰ってくることは無かった。




中学2年になった春。
障子越しの柔らかな光で目を覚ました。随分昔の夢を見た。ここの子になることになった夢。目元に手をやると自分が泣いていたのに気づく。忘れられない人。一緒に逝こうと思っていた人。未だに見つかっていない。何年も前なのにふとたまに思い出して会いたくなる。たった数日一緒にいただけなのに運命をがらりと変わったのはあの人にあったからだ。着替えを済ませてキッチンへと向かう。料理は好き、一緒に料理をする楽しさを教えてくれた人がキッチンに立っていた。
「おはよう、おかあさん」
「おはよう、ゆいな」
今自分がここにいるのはおじさんのおかげだ。だから早く、大きくなったわたしに会いに来て。あの時よりも上手になったハンバーグをご馳走するから。

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