500円コース 02

「望君、起きて。おーーぉーい、あ、さ、だよー」
ほんわりとしたふにゃふにゃした声が聞こえた。優しい手つきで俺のことを揺さぶっている。ああ、朝だ。ゆっくりと目を開けると、眩しい太陽の光が差し込んでいて俺は目を細める。一番に視界に入ってきたのは、オタマを右手にもってふんわりと笑うママ、こほん、俺の母親が立っていた。
「朝ごはんだよ、早く顔洗って一緒に食べよ」
何が嬉しいのかにこにこと笑いながら母親が言う、俺の母親はいつでもどこでもこんな感じの人だ、おっとりとしている。といえば聞こえはいいのかもしれないが、とにかくほわほわふにゃふにゃしてる。
「おはよう、お母さん」
「うん、おはよう」
朝の挨拶をするとふんわりとまた笑った。小さな頃「ママですよー」と言って育てられてきたものだから小学生くらいまではずっと「ママ」と呼んでいた。そのせいでたまにそれが出てしまうことがある。小学生の時人前で恥ずかしくて「お母さん」といったりしていたけれど、家では「ママ」だった。中学生になって家でも恥ずかしくなり、どう呼べばいいのか迷った時期がある。ママはやっぱり恥ずかしいし、母さんというのはこの人には合わない気がする。母ちゃんやお袋はもってのほかだし。それでお母さんに落ち着いたのだけれども。それでも学校では「なに、お前！お袋のことお母さんって呼んでんの！？」とびっくりされる。うーん、親の呼び方って難しい。母親は「早くご飯食べましょうね」と言いながら俺の部屋を出て行った。制服にはご飯食べてから着替えるので、俺は顔を洗うためにパジャマのまま部屋を出た。未だぼんやりとした頭で階段を下る。そういえば今日はなんだか不思議な夢をみた。願いを叶えてくれるという不思議なカフェに行った。現実には絶対に起きないであろうことなのにやけにリアルな夢だった。階段を下り終えると洗面所の扉を開くそこには、パパ、もとい父親が寝癖で跳ねた髪の毛を水で撫で付けているところだった。うちの父親はやたらとこういうことを気にする。営業だから身だしなみには気をつけているらしい。
「おはよう、パパ」
母親の呼び方も悩んだのだが、父親はもっと大変だった。なんといっても「父さん」とか「お父さん」って呼ぶと「もうパパって呼んでくれないのかああ！！」と嘆きだしてとても面倒くさい。こういう時俺が息子でよかったなと思う。もし俺が娘で「パパの洗濯物と一緒に洗わないで！キモイ！！」なんて言い出したときにはこの人の人生終わるんじゃないんだろうか。ちなみにこの父親は時間さえ合えばお風呂にだって一緒に入りたがる。仕方ないから付き合ってあげるのだけれど正直簡便してほしい。
「おはよう、望君。ああ、髪ハネてるよ、パパが直してあげよう」
にこにこと笑いながら父親が櫛を手に持つ。この人本当は娘が欲しかったんじゃなかろうか。
「あー……いい、ほらお母さん待たせたら悪いから」
「そ、そっか。そうだね、ママを待たせたら悪いね」
明らかにしゅんとした表情を見せる父親。この人こんなので仕事は大丈夫なのだろうか。そのまま父親はしゅんとしたまま食卓へと向かってしまった。でもあの人は立ち直りが早いからすぐに立ち直るのだろう。俺はさっさとばしょばしゃと顔を洗って跳ねた髪の毛をそのままに食卓へと向かった。寝癖は学校に行く前に直せばいい。

そのまま３人で食卓を囲んで朝食の時間、俺は結構このぽかぽかとした空気を気に入っている。外でぱらぱらと降っている雨の音が混じるなかテレビを見る。信じているわけじゃないけれど今日の占いを毎日欠かさず見てしまう。
「素敵な出会いが訪れるでしょう。だって。やったね、望君」
「う、うん」
何故か夢のことが脳裏にかすめて曖昧な返事をしてしまった。その後も母親と父親の星座占いの順位も発表されていたけれども、夢のことが頭にちらついて俺はなんだか落ち着かなかった。