駄文

失われた蒼 04 ひとつめの遺体


けたたましい音で目が覚めた、俺は自分のベッドの上で寝ていたはずなのに何時の間にか床に寝転んでいる。どうりで寒いわけだ。けたたましい音の正体は電話。時計を見ると朝の7時。なんだよ、なんだってこんな朝っぱらから電話かけてくるんだよ。チッと舌打ちして薄っぺらい腹をボリボリかきながら電話を探す、床にそのままおいてあるから着替えの下に埋もれていて、皺だらけの服をどかし見つけた電話の受話器を上げて耳に当てる。
「誰だよ、こんな朝から」
不機嫌を隠さずに言う。
「かいっどう!!おまえ、夕べなにしてたんだよ馬鹿野朗!!」
だが相手はそんな俺の言葉を聞いていておらず、急に大声で怒鳴られた。耳がキーンとする。渋声のおっさんの声をこんな朝っぱらから怒鳴り声で聞かされた俺の機嫌は最高潮に落下した。
「朝からうるせぇよマザコン中佐。俺にかまってねぇで大好きなママにかまってもらえよ。夕べは仕事だよ。マザコン中佐」
大野の結婚式に女をゲットしたのはいいがマザコンのせいでフられた人物とはこの電話の男のことだ。本人からは年上を敬え。と言われているが俺の辞書に敬語はない。
「そんなのん気な暴言聞いている場合じゃねーよ。お前らが見張っていたあの場所で、死体が発見された」
「は?」
「いいから、さっさと来い!!あぁ、大野にはこちらから連絡するからお前はそのまま来い!いいか、さっさと来い!!」
同じことを何度も言われなくとも分る。でも…死体?そもそも俺があの場所に夜中見回り任務をしろと言われたのは、人魚たるものの目撃情報があり、んな馬鹿なこと誰が信じるかよ。と思いながらも住民の不安を少しでも取り除くために見張りをしてほしいと言われたせいだ。上も人魚なんてものを信じてるわけでもなく、不審者が出て住民を不安にさせたのだろうという結論。
だが、死体が見つかったとなれば話は変わってくる。誰だよ、俺が見張る場所で殺人なんてのしたの。朝っぱらから呼び出されて面倒じゃねぇか。舌打ちをして軍服に着替えて外に出る。天気はやっぱり灰色。少し寒いかもしれない。上着を持ってくるべきだったか。だが今から上着を探すのも面倒だし、遅くなったらマザコン中佐にどやされるし、俺はひとつため息を吐いて歩き出した。
俺がいつも見張っているドブ海には何人もの人間が集まっていた。軍服を着た我が同士たちだ。ちなみに警察というものがないこの国では軍が警察の真似をしている。つまるところ軍警察ってところか。ひとつの死体でこれだけの人間が狩りだされることになるのだから殺人というのは面倒だ。
「あーぁ、俺まだ眠いんだけど」
あくびひとつ零しながら、険しい顔で現場を見ていたマザコン中佐こと|内海《うつみ》に声をかけた。やつは俺を見て顔を顰める。
「ほとけさんがあるっていうのに、開口一番がそれか。海藤」
「仕方ねぇだろ。…つか、呼び出したってなにも知らないぜ?昨日はいつも通りあの辺りに座って煙草吸ってたから、怪しい人物どころかひとっこひとり、猫の子一匹見なかった」
言っていて煙草を吸いたくなったのでポケットを漁るとその手を内海に止められた。現場を荒らすなってことだろう。横を見ると現場検証で捨てられたものをひとつひとつ集めている人達がいる。ご苦労なことだ。そこに俺がまた煙草をポイ捨てしたら混ざってしまう。俺は仕方なく煙草を諦めた。
「すみません、遅くなりました」
びしっと敬礼してきちんと制服を調えてやって来たのは大野。すげぇ、寝癖ひとつとしてない。俺といえば一応制服には袖を通してきたもののよれよれだし、顔を洗いもせずに来た上に鏡も見ていないので寝癖で爆発している。
「大野、お前は昨日なにか見なかったか?」
「―は、昨日も往復をして怪しいものがいないかと見ましたがそのような人物は見ませんでした」
足をカッと揃えて内海を見据える大野。うわぁ、軍人ぽいわーぽい。俺が胡乱げな視線を向けると大野の視線がこちらに向いた。
「ちょ、海藤少佐!なんですかそれ!!髪ぼさぼさじゃないですか!いくら朝眠かったからって仕事ですよ!しかも、軍人として人に見られるんですから!!」
こちらに近づいてきたかと思ったらぼさぼさの髪を手ぐしでとかされる。内海に呆れた様子で見られた。
「はいはい」
俺は適当に頷いてそのまま放置する。
「内海中佐」
現場検証を行っていたひとりから声がかかり内海は顔を部下へと向ける、俺と大野を見止めたその男は俺に対して敬礼したが俺がへいへいと流す。俺にいちいち敬礼しなくていいからね。大野は俺の寝癖を直すことは諦めたのか手は下ろされている。手ぐしでは限度がある。
「ひとつだけ、錠剤を発見しました。多分他のものは海へと落ちてしまっていると思うのですが。重要な手がかりになると思います」
ビニールの袋に入った丸い錠剤を見せる。
「犯人はヤク中かなんかってこと?自ら体をぼろぼろにするやつの考えることなんてわかんねーわー」
「断定は出来ませんが可能性は高いと思われます。……何せ、死体の状況も状況ですし」
顔に影が落ちる。うわ。聞きたくなかった。俺はもっぱら雑務なので遺体を見ることは滅多にない。ここに俺が呼ばれた理由だってこの場所で夜中に任務をしていたという、そのひとつだけの理由だ。犯人を挙げるのは俺の仕事じゃない。だからここに居たって、さっきの話をしてしまえばもう意味がないのだ。帰りたい、まだ眠い。
「そんなに酷い状況なんですか?」
おい大野!!なんてことを聞いてくれてんだお前!!思わず睨む。
「えぇ、こちらへ」
おい!!お前もなんてことしてんだよ!見ろってこと!?俺に?大野だけ行けばいいのに大野が歩き出して後ろの俺に視線を向けるし、内海に視線をやるとこれも仕事だ。と言われる。えぇ~俺の仕事これじゃない!!顔を盛大にしかめながらも仕方なしについていく。道中俺に気づいた何人かが頭を下げたりわざわざ敬礼するために体を起こす。いやいいから、敬礼とかいらないから。流しながらも青いビニールの前まで連れてこられてしまう。逃げたい。大野は丁寧に両手を合わせる、俺は仕方がないと覚悟を決めて両手を合わせた。ばさりとそれがめくられる。
「―-なっ……」
絶句する、これは、人の仕業とは思えない。それは女性の遺体だった、腕、足、腹に至るまで噛み千切られた跡がある、顔は無傷なのに、体が重点的にやられている。腹が噛み千切られ、内臓が飛び出している、足は太もも、ふくらはぎとやられていて骨がむき出しの状態だ。
「うっ」
大野が隣で口を押さえた、だから言わんこっちゃない。
「事故とは考えられないのか?これどう見ても人間の仕業じゃないだろ、どちらかといえば動物が食べ残した後だ」
顔に傷がないのは顔を食べても美味しくないから、魚を食べる時だって頭なんて食べない。内臓に手を付けた様子が見られないのも内臓は苦くて美味しくないからだろう。
「えぇ…でも。ここまで魚は来ないですよ。この辺りは工場などもありますし油で汚れていて、もっと沖へと出ないと死滅してしまいますから」
それもそうだ。大きな魚だって餌もないこんなところまで来ない。大体人間の住んでいる側へとくれば来るほど海は汚れているのだ。とても生きていける環境ではない。
「……っ、海藤少さ、よく、平気です、ね」
今にも嘔吐しそうな大野が言う、平気なわけがあるか。


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