駄文

失われた蒼 11 失われた蒼


けたたましい電話の音に目が覚めた。あぁ、いつの間にか眠ってたのか。窓から外を見ると街灯がぽつぽつと灯っていた、事件の最中には町が死んでしまったかのように人が居なかったが、解決したとなれば人の足は戻り楽しそうに談笑している姿も見えた。
「なに?」
未だにやかましく俺を呼び続ける電話に出ると、相手がひゅっと息を漏らした。何?イタ電?
「きるぞ」
「待て、俺だ。内海だ」
一言断ってから受話器に戻そうとすると慌てた内海の声が聞こえてきて、俺は受話器を握りなおした。
「なに?」
同じ調子で問いただす、息を吸い込む音が聞こえた後声が聞こえた。
「落ち着いて聞いて欲しい、海から遺体が上がった」
「………は?…俺、まち、がえた、の?犯人」
声が震える、そんな馬鹿な。信じたくない、だって友人を裏切って、友人の恋人を殺して、友人を騙して。それなのに犯人じゃなかったとか、笑えない。いやだ、それじゃあ、俺はなんのために。
「違う!!そうじゃない、違うんだ。海藤。……上がった遺体は、自殺だ」
「じ、さつ」
じゃあわざわざ俺に電話してくるなよ、と思ったのもつかの間。直ぐに思い立ってしまう、内海がわざわざ俺に電話をしてきた理由、話しづらそうな理由。あの計画を伝える時に内海には全てを話していた。俺の友人というフレーズを伝えれば普段から「友人」だと言っている人物はひとりしかいない、内海は俺の友人を知っている。だから、だからって。
「遺体は…古海翔真だ」
ひゅっと息を吸い込んだ、なんで、どうして、なんで。足元から体が崩れ落ちた。俺のせいか?俺が彼女を殺してしまったから。でも、彼女が死んだってことは伝えていない。
「大丈夫か。海藤、海藤っ!」
何度も名前を呼ばれたけれどそれに返事をすることが出来ない、返事。しないと。内海に心配をかけるわけにはいかない。
「……平気だ、内海。おれ、なら、へいき」
なんとか言葉を搾り出して受話器から手を離す、受話器を戻すことが出来ずに床に転がる。
「海藤!!おい!!―……ちょっと出てくる!!」
内海の声がバカのようにでかい声のせいで耳に当ててないにも関わらず音が漏れ聞こえる。心配しすぎだろ。あいつは。そんな心配しなくても俺は馬鹿な真似しねーよ。ひとり子供のように膝を抱える。息が苦しい、ひたすら寒い。体が震える。
本当なら自分の仕事場である図書館へと行かないといけない時間なのだが、僕の足の調子が悪くしばらくの間休ませてもらっている。平日に海の前へとやってきても海からの景色は何も変わらない。町はぽつぽつと以前の明るさを取り戻しつつあった、昨日の今日で随分と早い身の代わりだと思う。
鬱々とした気分を一掃したいのかもしれない。人が理不尽に亡くなることがなくなった今後を喜ぶべきなのかもしれない。けれど恋人を失った僕は喜べるはずもなかった。海へと向かう時のクセのようなもので手の平にはみっつの石。海上へと手を伸ばして、ひとつ、ふたつ、みっつ、と石を落とす。水面の波紋が消えしばらくしても、どれだけ待っても、何も起こらない。何も。当然だ、彼女はいなくなってしまった。午前中に海藤が新聞を片手にもう心配ないと笑ってくれた。海藤は彼女がどうなったかを話してくれた。僕を傷つけないように懸命に考えてくれた言葉を伝えてくれた。
でも僕が欲しいのはその言葉じゃない、違う、違うんだよ。どうして、そんな嘘を吐くんだよ。僕を傷つけないためだって分ってる、分っていたけれど。その嘘の言葉の羅列は余計に僕を傷つけた。だって僕は見ていたんだ。僕以外の人間と、彼女が会話をするのは初めてのことだろうからと、海藤のことも彼女のことも心配して暗がりを歩く海藤の背中をこっそり追いかけた。杖は音が出そうだったので、つらかったけれど杖はおいてきた。道中で海藤の様子がおかしいことにも気づいた、たしかに夜は冷える、寒い。だけれど、それ以上に何かに怯えたかのように海藤の体は震えていた。いっぽ、いっぽと歩みを進めるその背中。声をかければよかったのかもしれない、一緒に行くよと。でも僕は声をかけなかった。そして見てしまった、合図とともに出てきた彼女を、軍の船が取り囲んで射撃していたことを。何度も、何度も、海藤が謝っていたのを。彼女の顔が驚きに染まって、その顔が歪んだことも分っていた。飛び出すべきだった、だけど僕は飛び出していくことが出来なかった。ただぼろぼろと涙していた。殺される恋人を守ってやらない自分が最低だった、友人に裏切るような真似をさせてしまったことが苦しかった、軍が彼女を保護するなんてこと無理だなんて僕だって分かっていたんだ。けど縋ってしまった、海藤ならもしかしたら叶えてくれるかもしれないと、全て背負わせてしまった。海藤が僕を裏切ったことは確かかもしれない、でも最初に裏切ったのは、僕だ。
「ごめん、ごめん」
ぼろぼろと涙が頬を伝って落ちる、もうお互いに限界だった。これ以上罪を重ねて欲しくなった、その想いが彼女を殺してしまった。せめて、彼女の一番近くにいたい。ざりっと足を進めるとぱらぱらと小石が海の中へと落ちて行いく。一歩、足を踏み出せば海だった。

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