駄文

ホラー


からころ からころ 下駄を響かせて女の子が歩く。右手にはわたあめ、左手にはお兄ちゃん。
何時もは静かな神社は温かいオレンジ色の明かりがぼんやりと灯り、参道には色とりどりの屋台が並び、賑やかな祭囃子の音と楽し気な人々の声で溢れ、所狭しと押し合っている。
笑顔で話しながら歩いている人、はぐれてしまったわが子を探しているお父さん、耳にスマートフォンを当てて怒鳴っている人、人混みの合間をうまくすり抜けながら笑顔で走っている子ども。
女の子は一瞬見えた人影に声を上げそうになったけれど、まだお兄ちゃんと一緒に居たかったので、声をかけるのを止めてわたあめを頬張った。ふわふわの感触と、口のなかで広がる甘味に、嬉しそうにもくもくと口を動かす。リリキュアの書かれたわたあめ袋はお兄ちゃんに持ってもらっている。
女の子はふと足を止めた、自分と同い年くらいの女の子がお母さんの手を引っ張って、あれが欲しいとキャラクターのお面が並べられた屋台を指さしていた。お母さんはもうりんごあめ買ったから駄目よときっぱりと言い放ち歩いて行ってしまう。その子はその場で地団駄を踏んだが、お母さんが戻ってくる様子を見せなかったことに焦って追いかけて行った。
「お兄ちゃん。あれ欲しい!」
女の子はお兄ちゃんの左手をくいと引いて、わたあめを持った手でお面を指さした。
「いいぞ。どれが良いんだ」
お兄ちゃんは渋る様子も見せずににこりと笑った。さっきの親子の様子を見ていたからお金は大丈夫なのかと心配になったけれど、お兄ちゃんは他にも色々買ってくれた。ほくほくのたこ焼きも、ソースがいっぱいかかった焼きそばも、ピンクのチョコがかわいいチョコバナナも、食べきれなくてもお兄ちゃんは文句を言わずに、にこにこと残ったものを食べてくれた。お兄ちゃんのかばんはお金が湧いてくる魔法がかかってるんだ、女の子はそうに違いないとひとり頷いた。
「この子がいい!キュアリンキー!」
「よし、おじさん。これください」
女の子が指さすとお兄ちゃんはさっそく買ってくれて、女の子の頭にキャラクターのお面が乗っかった。浴衣にお面、わたあめ。立派な縁日の姿にお兄ちゃんは何だか満足そうだ。
「優しいお兄ちゃんが居ていいな。嬢ちゃん」
にこにこ笑う女の子にお店のおじさんは二カッと笑った。
「うん!」
女の子の言葉にお兄ちゃんは嬉しそうに笑った。おじさんへ手を振ってまた人混みを歩く。
「ねえ。お兄ちゃんはどうしてあたしに色々買ってくれるの?」
女の子はお兄ちゃんを見上げる。
「君が僕のお姫様だからだよ」
「お姫様!じゃあ。お兄ちゃんが王子様?」
「ふふ。うん。そうだね、そうなるかな」
女の子はお兄ちゃんの言葉に嬉しそうにふくふく笑って、お兄ちゃんも嬉しそうに笑った。
「ねぇ。お姫様。君の名前を教えてくれるかな」
お兄ちゃんにそう問いかけられて、女の子は自分の名前を教えていないことに気が付いた。
「うん。あたしはね、リカっていうのよ」
「そうか。じゃあリカ姫。何処か行きたいところはありますか?」
「ふふっ。リカ姫は姫だからお城に行きたい!」
「よし。お兄ちゃんがとっておきのお城に連れてってあげる」
女の子は跳ねて喜んで、お兄ちゃんは女の子が痛くない程度に右手に力を込めて笑みを深めた。

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