駄文

幸福なものたち 幸福な子ども 02


お腹一杯まで食べたフェリチタは芝生の上で寝転がっていた、ぽかぽか陽気がとても気持ちがいい。隣にはアンナが外のほうが気分がいいからと、ちくちくと針仕事をしていた。器用に作られていくそれに興味深くフェリチタが見る。
「アンナの手は魔法の手だね」
「普通よ、お母さんはもっと早く出来るのよ?それに比べたらまだまだよ」
楽しげに針を動かすアンナを見て、針仕事をする時にはアンナに教えてもらおうと心に決めた。
「フェリチタ!アンナ!」
ふたりを呼んだのは自転車を漕ぐ青年ファビアン。自転車は壁の外の偉い人が村人に与えたもので貰った当初はみんな物珍しさに群がったものだが、乗るのがなかなかに難しく早々に投げ出してしまった、そんななか彼はめげずに練習し乗れるようになった。
走るよりももっと早いスピードで動くそれに子どもたちも大人もこぞって後ろに乗りたがった、フェリチタもそのひとりでよく乗せてもらっていたが、今はそれも落ち着きファビアンが好きで乗っている。
「壁を見に行こうと思うんだ、一緒にどうだい?」
壁の向こう側への憧れが強いファビアンは、こうしてよく壁の近くまで自転車を走らせる。
「行きたいけど、それ二人乗りでしょう?」
「んーそれもそうだ。よし!ふたりで乗って、僕が押していくから」
「自転車って怖いわ」
「平気平気!ちゃんと押さえてるから」
まだ作り途中のアンナの緑の布は籠の中に入れて、ファビアンに抱きかかえられてフェリチタが前輪側、アンナは後輪側に座った。アンナの緊張が自分にも伝わってきてつい笑ってしまう。
「よし、行くぞー」
走り出して、ペダルがくるくる回る。
「きゃあああ」
アンナの目もくるくる回ったがしがみついているお陰で落ちることは無かった。空が、景色がぐんぐん後ろに流れていく。走っているスピードはファビアンの足の速度だが、彼は自転車に乗らなくても村一番足が速い。
「はあ。流石にこの距離走ると辛いな」
「もう乗りたくない」
壁まで走りきると息を切らせてアンナとファビアンが芝の上でごろりと寝転がる。近くには先程乗ってきた自転車も一緒に転がっている。
フェリチタは壁をぺたりと手のひらで触れる。ひんやりと冷たく、ざりざりとした石の感触、天まで届くのではというほど高い高い壁。
「何処かに穴があれば、向こうの世界を覗き込めるのに」
寝返りを打って、フェリチタに視線を向ける。
「うん。でも神様がいる場所なんでしょう?そう簡単に人が覗き込めないよ」
「それは分かるけど、見てみたいだろ!きっと想像もつかないような凄いものが一杯あるんだぜ!」
ファビアンは少年のように目を輝かせる。
「火で沸かさなくても温かい水が出てきたりするんだものね。きっと魔法の国よ」
アンナも夢にがちに言う。
「向こうに行ったら、どんな世界だったのかみんなに知らせに帰ってくるわ」
ふわりとスカートを靡かせて巨大な壁を背にフェリチタは笑った。


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