駄文

ペンは剣よりも強いのか


「紳士淑女の皆さまこの度はイベントにお越しくださいまして、まっことにありがとうございます!今宵集まってもらいましたのも、わたくしの兼ねてからの疑問。本当にペンは剣よりも強いのか!を知るためにこのイベントを執り行わせていただきました!」
拍手と歓声が観客席から沸き上がり、マイクの少年は両手を上げてゆっくりと一回転してみせて笑顔を振りまいてみせた。
「勝負は三回戦!各々ペンと剣を持ち寄って勝負してもらいます!ルール無用!モラルは守ってね!早速始めましょう!」
マイクの少年は一呼吸入れてから叫んだ。
「赤コーナー、咆哮の藤原!彼の持つシャープペンの威力はいかに!両指の間に8本のシャープペンを持つ姿はまさしくウルヴァリン!藤原は月夜でなくても強く吠える!行け藤原、吠えろ、藤原っ!」
「うおおお!」
藤原は10本の指の間にシャープペンを挟み、筋肉質の上半身を惜しげもなく晒し胸を張って吠えた。顔には縁日で購入したアニメキャラクターのお面を被っている。
「続いて青コーナー、サンシャイン池山!手作り段ボール大剣の威力はいかに!その姿はまさしくアーサー王!エクスカリバーで風を起こせ!行け池山!叫べ、池山!」
「イェエエエエイ!!!」
池山は体操服姿で叫び、目は飛び出さんばかりに見開かれている。
「レディー、ファイ!」
マイクの男はリングから降りゴングの音、の代わりに使用しているフライパンをお玉で強く叩いた。
「俺が勝ったら、池山の目玉焼きチョコレートがけを止めてもらう」
「いいだろう!その代わり俺が勝ったら酢豚にパイナップルを止めてもらう!」
ふたつの意見がぶつかり合い、最初に動いたのは藤原。シャープペンを池山に向かって投げつけた。先端が尖っていて危ないのできちんとプチプチで梱包されているので安心。池山は叫びながらダンボールでシャープペンを叩き落し、踏み込んでダンボールで出来た剣で藤原の頭を叩こうとした。が、藤原はとっさの判断でシャープペンシルをダンボールに強く突き刺した。梱包が破れダンボール剣にシャープペンが突き刺さる。
「俺の剣がああああ!!」
かーんかんかん!フライパンが叩かれる。
「勝負あり!勝者、赤コーナー藤原!」
勝者藤原はシャープペンを拳で握り天へと突き出し歓声が上がる。対する池山はダンボールからシャープペンを引き抜いて、膝を折ったが、それでも立ち上がった。
「いい試合だった」
「お前のエクスカリバーもイカしてたぜ」
お互いに熱い友情の握手を交わし、再び歓声が沸き上がった。ふたりはリングを降りて観客に見送られた。
「続いての試合!赤コーナー、画伯松山!100円ショップで購入した24色色鉛筆を操る姿はまさしく奇才の魔術師!彼女の感性から生み出されるものはまさしく魔物!君の才能で世界を揺るがせ!行け松山!唸れ松山!」
「よろしくお願いします」
ベレー帽を被ったオーバーオール姿で丁寧にお辞儀をした。
「続いて青コーナー、切り裂きの竹本!その口から発せられる言葉はまさしく切り裂く刃!通り名は平成の切り裂きジャック!切り裂いて抉る邪悪の極み!行け竹本!嘲笑せよ竹本!」
「だりー」
竹本は首を傾けて音を鳴らし、ガムをくちゃくちゃ噛み何人かが顔を顰めた。
「レディー、ファイ!」
フライパンの音が響いた。
「容赦しません」
「言ってろ」
ふたつの視線が交じり合い、最初に動いたのは松山、左手に持っていたA4コピー用紙に何かを描いていく。それを見た竹本は失笑。
「なんだそれ。オタクは引きこもってネットでバッシングでもしてろよブス!そのベレー帽も服もだっせぇんだよ、そんな姿晒して生きてて恥ずかしくないですか~?」
観客にいた何人かが眉を吊り上げ、ひとりが怒りでリングに上がろうとしたが周りに止められた。
「言っていられるのも今のうちです。これを見なさい!」
A4用紙を前に翳す。視線が一斉に集まり、後ろのモニター(32型のテレビ)にも映される。
「うわああ」
「あ、あがっ、はっ、ああ」
「ぎゃああ」
「ひっ、ひぃっ」
観客は頭を抱えて蹲り、気絶をしたものもいた。この世ならざる悪意を最悪を罪悪を罪業を邪悪を全てかき混ぜて一枚のなかに表現されていて、皆のSAN値がガリガリ削られていく。主催者はすぐにモニターを消したが被害者は大勢いた、だが人類がそれに伏せるなか竹本だけはその場に立っていた。
「意味わからん」
完全たる素。
「なん…だと」
固まったのは松山だった。竹本は近づいてA4用紙を手に取り逆さまにしたり縦にしたり見つめたが彼には理解出来なかった。レタスとキャベツの違いも、しいたけときくらげの違いも、ふくろうとみみずくの違いも、眼鏡とサングラスの違いすら分からない人類以下の人類にはこの恐怖が理解が出来ない。
「そんな、ことがっ、ありえない!!」
「てめぇの負けだ」
竹本は用紙を破り捨てた。
「うわああっ!」
かーんかんかん!フライパンが叩かれる。 「勝負あり!勝者、赤コーナー竹本!」
勝者竹本はズボンのポケットに両手を突っ込んで。余裕っすわ。と嘲って見せた。松山はショックで動けずに竹本は下品な笑い声をあげながらリングから降りて行った。
「えーここで十分間の休憩を取ります」
マイクの少年の声で休憩に入った。
休憩が終わった頃には観客は魂を取り戻し、松山はさらなる地獄を磨こうと決意した。

「想定外のことが起こりましたが、最終決戦です!赤コーナー斎藤!え?斎藤先輩?聞いてな……あー、こほん、斎藤先輩は剣道部部長でございます。鬼教官山田先生が天使に見えると言わしめるほど、自分を強く持っている方でございます。そのお顔はゴリラのような、も、勿論誉めてます!…いつかにいた、イケメンゴリラってあるじゃないですか、先輩はそのイケメンゴリラのようなゴリラなのです!勿論腕っぷしも強くリンゴからスイカまで拳で割ってしまうと言われています。まさしくゴリラのようなゴリラなのです!!先輩こんなバカみたいな企画にようこそおいで下さいました。お願いします」
マイクの少年は混乱しながらも斎藤の説明をし90度のお辞儀を披露した。ゴリラと言われるたびにその眉がひそめられていたことを本人は気づいていない。
「つ、続いて、青コーナー!せいとかいっちょ!…え?なんで?途中で差し替えた?…あー、こちら生徒会長!佐藤先輩!成績トップ、運動神経抜群、スタイリッシュイケメン、女子から絶大な人気を誇る生徒会長様は二次元から飛び出したような設定の宝庫。生きる二次元としても有名です。是非二次元に帰ってきただきたいものですね。冗談!冗談ですよ!滅茶苦茶尊敬しています、よろしくお願いします、ご参加感謝いたまつり候です」
マイクの少年は混乱しながらも佐藤の説明をし、91度のお辞儀を披露した。眼鏡奥の眼光がちっとも笑っていないことを本人は気づいていない。
「レディー、ファイ!」
フライパンの音が響いた。
「お前とこうして相まみえるとはな」
竹刀をさらりと構える斎藤に対し、佐藤は何も持たずに眼鏡のブリッジを上げた。斎藤は一歩間合いを詰めると佐藤がひとつため息を吐いた。
「悪いが俺は君と勝負するつもりはない」
「敵前逃亡ということか?」
「違う。この試合、企画に問題がある」
人差し指は真っすぐにマイクの少年を指した。お玉を回しながら成り行きを見守っていた彼はぽかんと口を開ける。
「ペンは剣よりも強し。それはペンと剣が直接対面して対決することではない。ふたつが正面切って対決したら剣が買ってしまうに決まっている。この言葉は、英国の作家エドワード・ブルワー=リットンが1839年に発表した歴史劇リシュリューあるいは謀略で作り出されたもの。意味合いとしては「独立した報道機関などの思考・言論・著述・情報の伝達は、直接的な暴力よりも人々に影響力がある」つまりペン=情報ということだ。分かるか?現代で言えばネットなどもペンに当たる。スマホを持って上段の構えなんてしないだろう?そんなことをする人間がいるとしたら、ただの馬鹿だ。分かるか?」
佐藤が熱を込めて説明をする。女子何名かが先輩って声もかっこいいよねと囁きあっていた。内容など聞いちゃいない。
「ちょっと何言ってるかわかんないっすね」
マイクの少年はお玉でフライパンを引っ掻いた。
「ああ!なんっで分からないんだ!情報というものは戦争を引き起こすこともあり、それを引かせる力だって持っている!さっきの竹本君を見ていただろう、君も言葉が刃だって説明していたじゃないか、それ、それだよっ!」
佐藤はなぜ分からないのか悔しそうにしている。女子何名かが必死になってる先輩もかわいいねと囁きあっていた。内容など聞いちゃいない。
「ちょっと何言ってるかわかんないっすね」
マイクの少年は繰り返す、彼には佐藤の言い分は理解できなかった。否、意味は理解している。だがこの企画は単なるバカ騒ぎで、そこに意味などなく最終的に面白かったで終わってくれればいいそれだけのもの。なのに佐藤の言葉に斎藤は竹刀を落とし、正座をした。
「俺の負けだ。攻撃の意志を持たないものに攻撃することは最大の敗北。俺は日々強さを磨いてきた、己の心も体も。だから俺は何者にも負けることはないと思ってきた。今回参加したのも相手がたとえペンで武装していても、武力によって勝てると思っていたんだ。強く恥じている。俺の負けだ」
唇を噛む斎藤。
「いいんだ。知らないということが一番怖い。分かってくたのならそれでいい」
「佐藤」
斎藤は差し伸べられた佐藤の手を力強く握って立ち上がり、観客から拍手と歓声が沸き上がった。争いなんて意味がない!争いのない世界!なんて素敵で、素晴らしいんだ!言いながら涙している人までいた。
「…お前ら、何も考えてないだろ」
呟いて隣に立っている主催者側の同級生を見ると、割れんばかりの拍手を彼らに送っていた。人は場に流されていることが多くあり、彼らは得てして何も考えていないものだ。

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