駄文

幸福なものたち 菜食 02


そう思いつつもフロリアンが決行に踏み切れなかったのは、単に自らの癒しが無くなってしまうからという身勝手理由に他ならなかった。彼女が居なくなってしまったらフロリアンはたったひとりで怪物のなかに取り残される、両親のことを、兄のことを、その奥さんのことを嫌っているわけではない、人間としてはいい人たちなのだろう。けれどたったひとつのことで決定的に違う。
なにも地下で飼育されているのは彼女だけではない。だが裕福な家庭といえど子どもばかりを集めることは不可能だ。法律でも「幸福な子ども」の数は決められていて、しかもその年ごとに数はまちまち、欲しがる金持ちはいくらでもいる。かの少女だってかなりの金を積んだらしい。
つまり、他に飼育されているのは大人。フロリアンは彼女たちとも会話を試みようとした。されど彼女たちは怒ってばかりで会話にならなかった。逃げ出そうとする者も後を絶たず接触は不可能。フロリアンと同じ価値観を持ち、会話になるのは少女しかいなかった。必ず帰れると口にしておきながら彼自身が渋っている。

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「フロリアン、お誕生日おめでとう」
食卓にご馳走が並ぶ、色とりどりの野菜に囲まれて中央にあるのは矢張り肉。フロリアンは顔を顰めてそれから視線を逸らしながらもながら、ありがとうと何とか答えた。結局、半年経っても少女を逃がす計画を実行することは出来なかった。
けれどフロリアンは決めていた。今日、この日、彼女を返してあげようと。協力者は望めないが、記念日にかこつけて一族が酒を呑むことは分かっている。そうなれば一族はフロリアンが抜けたところで何時ものことだと見逃すだろう。例えメイドが見かけたとしても変わりもので通っているフロリアンの行動が止められることは無いと確信していた。
兎も角今はこの不快極まる食事会をさっさと終わらせなくては。食べられる野菜のみをフォークを使ってもそもそ食べる。
「うん。これは絶品だな!!」
父が肉を食べて唸った。
「何時もより柔らかさが増していますわ」
母が口元についたソースを拭う。兄と義姉も美味しいといいながら微笑んでいた。なるべく視界に入れないようにと努力しているのだがどうしても見えてしまう。おぞましい光景に体が震える。
せめてスープだけは飲み干してから食卓を立とうと人参やジャガイモの入ったスープを口にする。
「ん?」
何時もと味が違う、ブイヨンの取り方を変えたのか別の調味料なのか、いつも以上にコクが効いていて美味しい。はしたない真似だとは分かっていたが、お皿に口をつけてごくごくとスープを一気飲み干した。
「如何です?」
シェフがフロリアンに問いかけた。野菜の感想をフロリアンに求めてくることは良くあることなのでその疑問は特に気にならない
「美味しいです、何時もより深みがあって、調味料を新調したんですか?」
すっかりカラになったスープの皿、おかわりが欲しいくらいだ。この醜悪な食事会でそんなことを思ったのは始めてだ、それはよかったとシェフは笑みを深くした。
「うんうん。美味いだろう!それは俺がリクエストしたんだ」
フロリアンは少し感心した、いつも肉のことばかり話しているの父が、息子のために野菜をリクエストしてくれるとは。
「9年前に予約して購入したものです。骨で出汁を取ったんですよ」
誇らしげに語るシェフの言葉に、フロリアンの血の気が引いて口を押さえた。今、自分が飲み込んだものは。
「あなたは可愛がっていたでしょう、手塩にかけて可愛がると旨味が増すって本当だったのね」
母の言葉に吐き気が増した、自分があの子どものところに通っていたことを家族みんなが知っている。 「母さんがとても心配してたんだ、野菜ばかりじゃ栄養が偏るって」
歯がガチガチと噛み合わない。今日助けようと決意したのに。
「息子想いの両親がいて、あなたとても幸せものね」
義姉の言葉に彼は絶叫した。

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