駄文

侵略少女


「いいかい君たち。今回のプトジェクトはとても大切なものだ」
屈強な体つきのプロデューサーが真剣な顔つきで6人の少女たちに言った。何時もは柔和な笑顔ばかりを振りまいている彼には珍しく緊張していて、それが伝染したように少女たちは顔を強張らせた。
「私たちのアイドルグループ!侵略少女は地球への侵略を開始する!」
プロデューサーの言葉に少女たちは驚いて目を見開かせた。

時代は2300年。嘗て地球外生物がいるのかいないのか分からず、ただのフィクションだろうと思われていた過去は過ぎ去り、今や宇宙旅行は当たり前、地球の永住権を宇宙人が会得するところまでやってきた。宇宙人は珍しくなく、昔はフィクションだと思われて映画で酷い扱いを受けていたものよ。と宇宙人は語る。今や観光地へ行けば地球観光に来ている宇宙人が沢山いる、その逆もしかり地球人が宇宙へ旅行することも珍しくは無くなっていた。だが、地球人が地球外生物の存在を当たり前のように受け入れているとはいえ、地球外のアイドルが地球で成功することは難しかった。100年前に宇宙横断ツアーを行ったアイドルグループ、ワレワレハウチュウジンダ。(略称ワレチュウ)は他宇宙で成功し宇宙一有名な男性アイドルグループだった。意を決して地球へのツアーも行った。宇宙の宝と言われたイケメンのマシューは何時ものようにウィンクをすると人間は顔を青ざめて逃亡したという。ドーム動員数5人。歴史に名を残す最悪の事態だった。運営者に話を聞くと「人類には早すぎる」という返事が。それ以来、地球外生命体のアイドルにとって地球は鬼門。俳優や女優は地球でもやっていける。コメディー作品に出ることだってある。しかし!それから100年後経っている。きっと人類は我々の時代に追いついていると侵略少女のプロデューサーは地球侵略ライブに踏み込んだ。
「…大丈夫なんでしょうか?」
不安げな表情でひとりの少女が聞いた。6つのエメラルドグリーンの瞳が美しい。光に浴びると見る角度から他の彩色も放ち誰もを魅了する、背中の触手には吸盤もついていて滑らかで、宇宙では宇宙一の美少女と名高い。
「アイミは可愛いから絶対に平気よ」
地球人の反応など他の星とそう変わりはしないだろうとタカを括っているリリカ。人間の頭部に当たるそこには昔のラジカセが乗っている。声も昔のラジオ音声を思わせ、そのハスキーさが彼女の売りだ。
「でも。地球人って私たちの美的センスとかなりのズレがあるのよ?みんな同じ顔をしているくせに人類がいちばんかわいいって思い込んでる」
アイミと同じく、ヴィラも心配そうだ。真っ青で真四角の頭部に絶妙にずれた位置に瞳や口が置かれていて、そのズレ加減が彼女の魅力をひき出している。頭からはパラボラアンテナのようなものが立っている。彼女の体は柔らかく、どんな形にも変形できるという特技の持ち主で運動神経は抜群。スポーティーな女の子で女子にも人気が高い。
「わたしは地球人は苦手。家族で地球旅行に出かけた時に動物と間違われたのよ!パンダが喋ったって!あんな馬鹿みたいな生き物に間違われるなんて」
言いながらモモはもふもふした腕で顔を覆った。白と黒のもふもふの毛。耳にちょんとリボンを付けた彼女は地球の感覚でいえば子パンダが二足歩行をして洋服を着ている容姿だ。彼女の宇宙ではこの容姿の種族は頭がよいとされていて、大企業のトップや弁護士、医師など社会的ステータスの高い就職に就くことが多い。実際にモモも宇宙大学(宇宙一頭のいい人たちが集まる大学)に通いながらアイドル活動をしている。
「パンダならいいじゃないか…俺なんてゴリラだぞ」
ぼそりとマネージャーが呟いたが少女たちの耳には届かなかった。

「おほん。本題に入ろう、私たちは地球人に何も知らせずにゲリラライブを行う」
マネージャーの言葉に4人の視線が向いた。マネージャーは言葉を続けた。
「他宇宙で名を挙げているからと言って、地球ではほぼ無名も等しい。そこでこの宇宙船が下りながら音楽を流す。扉が開いたら君たちが歌い始めるんだ」
「サプライズね!わくわくするわ!」
リリカが弾んだ声を上げた。
「ああ。歌うのは一曲のみ、他の曲も聞きたい人は次のコンサートに来てくださいという戦略だ」
不安げだったふたりもそわそわしだした、彼女たちも楽しいことは好きだし、なにより人前で歌うことが大好きなのだ。
「歌うのはもちろん!デビュー曲であり、私たちのグループ名でもある、あの曲!」
マネージャーも話ながら気分が高揚し、声が大きくなる。
「「「「侵略少女!」」」」
メンバー全員が声を上げて、くすくすと笑いあった。

春、それは始まりを感じさせる季節。青空が何処までも広がり桜が満開に咲いている、その桜の木の下で人々は思い思いの楽しみ方をしていた、レジャーシートを広げてお弁当を食べているカップル、グループで集まってお酒を酌み交わしながら談笑している人々、桜をゆっくりとした足取りで眺めながら笑いあっている老夫婦。ありふれた春の景色のなかに、軽快な音楽が宇宙船とともに大音量で響いた。驚いた人々は空を見上げる。青空を背景にぴかぴか装飾の装飾が施された大きな飛行艇のようなものが下りてくる、貼り付けられた電光掲示板には宇宙人が名前とともに映し出される。
「ぱんださんだ!」
幼い子供がモモを見て両手で楽しそうに叩いた、花見会場に来ていた全ての視線が宇宙船に向いていた。宇宙船が降り立つと、煙を噴き上げながら電光掲示板が上に上がっていき、なかから4人組の宇宙人が現れた。アイミは3つの目をつむってウィンクをした、リリカは両手で手を振って、ヴィラとモモは宙返りをしてみせた。人々は拍手で彼女たちを出迎えた。そうして彼女たちは歌うために口をひらいた。誰もが期待した、きっと楽しい音楽なのだろうと、軽快なリズムに合った素晴らしい歌だろうと。
「〇〈§~@¨*±=×ΔΤβυ〇〈§~@Д‰@¨*±=×ΔΤβυД‰@*±=×ΔΤβυД‰@¨*=×ΤβυД‰」
聞いたこともないおぞましい音が流れた、おおよそ地球人には理解できな言語、いや言語ですらなかった。それは発泡スチロールをこすり合わせたような、黒板を爪でひっかいたような、お湯が沸騰したと知らせる甲高い音のような、耳元でずっと蚊が鳴っているような、全ての不快音が交じり合いそれが大音量で流れてくる。人々が耳を両手で塞いで逃げ出した。子供は泣きじゃくり、老人は白目をむいて倒れた。

蜘蛛の子を散らすように逃げていく人間に、プロとしての矜持もかなぐり捨てて歌を中断してリリカがハスキーな声で叫ぶ。
「なんで逃げるのよ!」
頭部のラジカセが赤くなりしゅうしゅうと煙をあげている、マネージャーは歌い続けろと手を動かしていたがそれに従うものはいない。
「人類には早すぎるんだよ!!」
まだ両手を耳に当てたまま、若い男が叫んだ。彼女たちは面食らった表情になって固まる、そして誰もいなくなった。伴奏だけが空しく響く。曲が終わった時にようやく我に返ったモモがいう。
「人類は結局何千年も昔から、何も進化していないのよ」
自分たちはなにも悪くないのだと頷いて、この企画をしたマネージャーに視線を向けると彼はうめき声をあげて肩を落とした。

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