駄文

スライムは鍋で煮ると溶解する


世界に異常が起こった。フィクションの中でしか存在しないと思われていた生物。スライムが発見された。発見したのは東京都在住、佐藤智56歳男性。彼は毎朝の日課愛犬のゴルゴンゾーラの散歩をしている時に、茂みを揺らした音がして視線を向けると、犬ほどの大きさのあるスライムが飛び出してきたという。ゴルゴンゾーラは牙を向きだし唸った。しかもスライムは一匹だけでなく、たぷんたぷんと揺れながら何匹も茂みから現れた。佐藤はエイリアンだと喚きながら、ゴルゴンゾーラのリードを引っ張って走り去ったと言う。
それ以降、スライムは場所を選ばず現れた。養鶏場の鶏と戦っていた、松ぼっくりを食べていた、などなど。数え切れぬほどの証言がSNSを飛び交った。
生物学の専門家、鈴木太郎は「全くもって謎である」と見解を述べた。見た目の気味悪さもさることながら、それは人も、動物も見境なく襲ってくるこの狂暴な性質ゆえ、スライムは害獣指定された。とはいえ鍋の蓋で攻撃を防御することは出来たし、木の棒で叩けば、すぐにどろりと溶けて死んだ。
だがこの生物、至る所に現れる。国会は自治体に問題を投げ、現地の害虫駆除会社が各々に片付けることとなった。気味悪がる者も数多存在したが、逆にテンションが上がる者も存在した。ネット通販サイト密林で勇者の剣を購入し、ぶよぶよした生き物に敢えて挑む者もいたし、コスプレ衣装でスライムと戦っている様を写真に収める者もいた。
そんな中、皆から勇者と呼ばれるものが突如として現れた。ハンドルネームはすらいむ。もともと彼は、需要のない動画配信者。成人男性がひたすらスライムを触り続けるという意味もわからない謎動画を配信するだけの面白みもない動画を量産している。例を見てみよう。
「どうもこんにちは。スライムをこよなく愛するすらいむです。今日は川に来ています」
冴えない成人男性が固定されたカメラの前で手を振っている。無駄に画質がいいのは彼が4Kカメラを使っているせいである。後ろでは川が流れて、清涼感のある音が聞こえてくる。少し高いところから流れているそれは虹を描いていた。
「そんなわけで。スライムです」
どんなわけだ。意味不明。大体の人間はここで別の動画に移る。それでも辛抱強く見ていくと男はスライムを箱から出した。ここでいうスライムは生物のスライムでなく、おもちゃのスライム。
「これは老舗おもちゃメーカー、タミーから発売されたものです。伸びます。おー。おー、ほほほ。ひんやりする」
不気味な笑みを浮かべて、のんびりした口調でひたすらスライムを触っている。これだけである。ただこれだけの動画が15分も続く。最後まで見続ける人はいない、それなのにマイリスト数2。登録者は間違えてタップ(もしくはクリック)してしまったのか、なんらかの意図を持って登録したのか謎である。たったひとつしか書かれていないコメント欄には、4Kの無駄遣い。と書かれているのみ。そんな男が勇者と呼ばれるようになった動画がこれ。
「どうもこんにちは。スライムをこよなく愛するすらいむです。皆さん、知っていますよね。今!日本に!スライムが溢れているってことを!」
男は何時もののんびり口調とは違い早口で高揚した様子が見て取れる。ひとり、ふーっ!と拍手をし飛び上がらんばかりの勢いだ。
「皆さん知っての通り。僕の幼少期の将来の夢は、スライムになることでした。でもそれが叶わないと、もう流石に大人なんでね。分かってはいますよ。でも。スライムを食べることが出来るんですよ!」
画面前で何でそうなるんだよ!とツッコミを入れた人は数多存在し、画面上にはツッコミが殺到していた。
「今日はね、新鮮なスライム。捕まえて来ましたんで、早速料理したいと思います」
クーラーバッグの中身をじゃんと見せる男。中には数匹のスライムが揺れていた。
「分かります?このゼリー感。揺らすとめっちゃ震える。ほら。たぷんたぷん言ってるもん。かわいい」
クーラーバッグを揺らすとスライムが揺れる。男はしばらくそれを楽しんでいた。黒い背景に白い文字で、10分経過。表示され、鳩の鳴き声がSEで流れた。
「はい。では早速始めます。舐めてみたところ毒は無いみたいなので食べても大丈夫だと思います。用意するのは、まず鍋!塩、胡椒。このみっつ。肉も、魚も、シンプルが一番味がわかるでしょ。スライムも同じですね。きっと」
男はカセットコンロに鍋を置いて、下に油を敷いてから盛大にスライムを投入した。スライムの感情は分からない。
「はい。塩胡椒を振ります」
スライムの上から振られる塩胡椒。…とスライムはみるみる縮んだ。
「あれ…?」
縮んで、紫の煙を噴き出しながらぶくぶく泡立って消えてしまった。残ったのは鍋にこびりついた謎の紫の液体。
「浸透圧かもしれないね。塩振ったから」
ナメクジと同じ原理が働いたと彼は言う。
「塩がダメなら、水に入れて茹でましょう」
そこで諦めればいいのに男は妥協しなかった。紫の液体になった時点で人が食べれるものでないと彼は理解していないのか。鍋を持って男は一旦画面の外に出て、たっぷりの水を抱えて戻ってきた。
「種も仕掛けもない水です。沸騰させます」
シーンが切り替わった。
「はいこちら、沸騰した水です。そうして、スライムですね。いれまーす」
どぼんとスライムがお湯に入る。固まった球体が鍋の中で踊る。男はその様子を少し眺めてから蓋をした。
「3分待ちましょう」
カップラーメンか!3分後に男は鍋を開けた。白い湯気が上がりカメラが曇って何も見えなくなった。
「お?をっ。おぉ!?」
興奮気味の声だけが聞こえて、カメラの前に布を押し当てて曇りを取る。画面に映ったものは想像を超えたものだった。ぶくぶくと粘っこい音を上げながら青と紫の液体が沸騰している。そこにコスモを感じた。男はわくわくしながら火を止めて、オタマを入れる、ゼリーのような感触になったそれは持ち上げるとブドウゼリーのような見た目になっていた。おいしそうに見えるのが怖い。コメントが流れた。
「いただきまーす」
やめろ!死ぬ気か!流れていく文字など男は見ていない。口に含むと男はじっくりと噛んだ。
「味はない、けど弾力がすごい。例えるなら…ビーチサンダルを噛んでいるみたいな」
それは食べ物じゃない!ぺっしなさいぺっ!!視聴者の声も虚しく男はそれを飲み込んだ。途端、ぴーーーっと電子音が流れてカラーバーが移された。
「兄ちゃんが死んだ!」
「早く霊柩車を呼んで!だから言わんこっちゃないのよ、何かあった時にって近くで見てたけど止めるべきだったわ!」
「まだ息はあるから救急車よ」
焦った家族の声が聞こえた、混乱してわめく弟らしき声と、やっぱり混乱している母親の声と、妙に冷静な妹?姉?の声。

数秒後、うp主は生きています。しかしスライムをもう食べることは出来ません。良い子も悪い子も真似しないでください。死線を彷徨います。文字が流れて動画は終わった。

彼はこれを機に勇者と呼ばれた。スライムに果敢に挑み、散っていった勇者としてその名をネット界に刻んだ。この数週間後、この勇者のおかげか、何かの自然環境の影響か、スライムは途端に姿を消した。生物学の権威、鈴木太郎はこう語る「全くもって謎である」と。

勇者になったすらいむはその数ヶ月後動画を上げた。
「今日はスライムの形をしたゼリーを作りたいと思います」
スライムを食べることを愚かにもまだ諦めていなかったが、それは単なるゼリーを作る動画。再生回数は伸びなかった。

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