駄文

着信


これは私が学生の頃の話である。

私は高校へと進学するときにたまたま高熱の風邪に見舞われてしまい、初めて登校したのは授業が始まってから3日後のことだった。もう友達グループは完成しており、私は完全に出遅れてしまっていた。元来私は引っ込み思案で、人見知り。そんな私が出来上がったグループの中にやすやすと入っていけるわけでもなく、完全に孤立。学校以外の中学の友達に会えば少しは気が紛れたけれど、その子達はその子達で高校の友達と一緒に居ることが多くなっていってしまったため、友人と一緒に遊ぶという機会がめっきりとなくなってしまった。日々募る孤立感に耐えられなくて私はネットの世界へと身を投じることにしてみた。とはいえこの頃はSNSというものはなく、ネット上の交流の場といえばチャットが主だった。とはいえあの膨大な人間が居る中で、会話できずに孤立してしまうようなことがあったらもう立ち直れないような気がして。私は好きなペースで書けるブログをやってみることにした、あれなら日記感覚でやれるし、誰かが見てくれるかもしれない。そこから誰かと仲良くなれるかもしれない。けれども現実は甘くなく大して内容も無い、面白みも無いブログをみてくれる人なんてそうそう無く、書き込みしてくれる人など誰も居なかった。でも私は日記を書いているのであって人に見せるためにやっているんじゃない。それにどうせ誰も見ていないのなら気が楽じゃないか!本来の目的もそっちのけでやけになっていた。学校で友達がいないとしても困ることは少しあるけれども、別にそれならそれでもういいと全て諦めていた。それに高校なんて3年間だし、大学へと行けばまた別の人達と合えるのだ。その時まで我慢していればいい。そんな考えに到達した。でもある日それが一変した。

「こんにちは、毎日ブログを更新しているんですね。僕は飽き性なので毎日更新しているなんて尊敬しながら拝見しています(笑)」
一件の書き込み。私はその文字を見たときに思わず凝視してしまった。今日も更新しようとして、まさかの書き込みだった。名前は-・・・残念、名無しさんだ。でも、嬉しい。見てくれている人がいるとは思わなかった。返事を書かないと。キーボードを打つ手が震える。
「書き込みありがとうございます^_^まさか見てくださっている人がいるなんてびっくりしました」
何を書けばいいのか分からなくてここまででクリックを押した。これでよかったのかな。どきどきしながらも返事を書いて。毎日と同じ日記を書いて眠ることにしたのだけれど、布団に入ってからもどきどきしてなかなか眠れなかった。

その日を境に同じ人と思われる人から定期的に書き込みをしてくれるようになった。私もそれに返事をする、その人以外が書き込んでくれることはなかったものの、1人でも私を見つけてくれた見てくれたということが嬉しくて、他のことは気にならなかった。やりとりを続けていくなかでメールアドレスを教えてほしいと言われて戸惑ったけれど、私は思い切ってアドレスを教えることにした、今では携帯でメールの交換をしている。彼の名前は菅沼怜君。私と同じ高校生。彼とのメールはとても心地がいい。私が何かに困っていると相談に乗ってくれたり、他愛の無いことでも楽しそうに聞いてくれる。そんなある日。
「よければ会えませんか?」
そんな文章が届いた。メールで知り合った人と出会うことは珍しいことでは無いとは知っていたけれど、いいことばかりではなく、犯罪に至ったケースもあることも知っている。文章を読んで固まる。彼ががいい人だってことはメールを頻繁にしているから知っている、もう友達だと思っている。だから犯罪に関わるなんてことにはならないと確信しているけれど、会ったらうまく話せなくて幻滅させてしまうかもしれない。でも会って話してみたい気持ちもある。怜君の住んでいる場所はそれほど遠くない。悩んだ挙句会ってみようと決意した。ここで断ってしまったら一生後悔してしまうような気がしたから。
「私も会いたいです」

会うことになったのは今週の日曜日。相手は男の子だし緊張もする、どんな服を着ていけばいいのだろう、会話はいつもメールでしているようなことをすればいいのだろうとは思うけれど緊張して喋れないかもしれない。期待半分と不安半分、そんな気持ちのまま日曜日を迎えた。待ち合わせ場所は彼がメールに送ってくれたから、ナビの通りに進めばいい。鏡を見て何度もおかしなところはないかと確認した。滅多に着ない余所行きの服はなんだか居心地が悪くてそわそわしてしまう。怜君は今どんな気持ちでいるのだろう、私と会うことに緊張しているのだろうか、それとも喜んでくれているのだろうか。私は電車にひとり乗り込んで進む、今まで怜君がくれたメールを見直してみる、怜君の言葉はどれも心強くさせてくれる。ボタンを押してスクロールする。こんなにたくさんのメールのやりとりをしていたんだなぁ。私が降りる停車駅の名前がアナウンスで流れて腰を上げる。駅を出てナビを確認する、駅からそれほど遠くない場所でよかったとほっと息を吐く。ナビを頼りに道を進み見慣れない景色が続く中、どんどんと薄暗い山道へ進み始め不安が募っていく。それでも足を進めていると鬱蒼とした林の中まで来てしまった、道を間違えてしまったのだろうか?でもナビを確認してみるときちんとあっている。どういうことなんだろう?この林を抜けるとまた町にでるのかもしれない。そう思った私は再び足を進めた。けれども町へと出る様子もなくさらに奥地へと進んでいくことになり、いつの間にか私は墓場に到着していてこれ以上進む道も見当たらない。不安は募るばかりで縋るようにナビを見るとここが到着地点であることを示していた。なにこれ、なにこれ。途中間違ってなにか操作してしまったのかもしれない、鬱蒼と木々に囲まれた薄暗い墓地には誰も居ない。薄気味悪くて私は慌てて墓地を後にした。林を抜けて、林の入り口である場所へと戻ってきた。はずなのにまた道を間違えてしまったみたい、同じ墓地へと戻ってきてしまっていた。
「なんなの、これ」
心臓がどくどくと脈打っていて気分が悪い。怜君に確認してみよう、間違って操作をしてしまって場所が分からなくなってしまったと伝えれば怜君はきっとまた送ってくれる。
「操作を間違えてしまって道に迷ってしまったみたいです。道をまた教えてください」
ぽちぽちと操作して送信する。ぴりりりり、と音が鳴る。メールじゃない、教えていないはずの電話番号、表示は非通知。私は恐る恐る電話口に出た。携帯を持つ手が震える。
「僕は君の隣にいるよ」
視線を横に向けるとひとつの墓石があった。「菅沼家」と書かれた墓石に私は息を飲んで口を押えた。心臓が早鐘を打っている。活けてある花は少し萎びていた、墓石の前にお供え物がしてあってそのなかに折りたたみ式携帯電話がひとつ使用を示すように光って、相手の名前が書いてある。私だ、私の名前だ。息が荒くなる、一歩一歩と後ずさり、私は走り出した。

それからどうやって帰ったのか私は覚えていない。恐怖心がいっぱいになりがむしゃらに走った。あれから怖くて私は携帯が壊れたと嘘をつき、あたらしい携帯電話に変え、ブログも閉鎖した。

何年か経った後に再びあの墓地に足をむけてみることにした。まだ恐怖心はあったもののもしかしたら怜君はいい霊だったのではないかと思い始めていた、友達が出来なかった私を気遣って書き込んだのかもしれない。電車を降りてあの時の記憶を辿り道を歩く、けれど。林へと続く道は―どこにも無かった。

あれは、なんだったのでしょうか。未だに私は分からないままです。

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