駄文

失われた蒼 03 なんてことのない1日


今夜も、いるかどうかも分らない人魚もせいで海の見張り。適当に座ってタバコをふかしている俺とは違って今日も大野はしっかりと仕事をしていた。海へと近づいて往復を繰り返す。そんなことをしたってなにも出てきやしないのに。光っている灯台の明かりがちらちらと俺や大野を照らす。
「おーのー、暇」
何回目か知らぬ俺の前を通った大野に声をかけたら案の定盛大に顔を顰められた。
「仕事してください」
「まぁまぁ、いいじゃん。大野が見てくれたし、ほらほらこっちおいで。タバコを恵んでやろう」
煙をくゆらされているタバコを揺らして大野を呼ぶ、大野は盛大にため息をつきながらもこちらへと寄ってきた。タバコが欲しいのかと思って1本だけ箱から出すと彼はいらないですと拒否。
「娘が生まれてからタバコやめたんで」
「うっは、真面目」
今この場には娘も嫁さんもいないというのに、1本くらいじゃそうそう気づかれないだろう。
「海藤少佐も家族が出来れば変わりますよ」
「そうかね?俺としてはタバコ吸わせてくれない嫁さん選ばないな。自分の家なのにどうして我慢せにゃならんのさ。俺が嫁に選ぶとしたら…そうだな、あいつ。古海みたいなやつがいい」
「は?誰です?」
古海は図書館に勤めているから軍とは関係なく、読書家でもない大野が古海のことを知っていることはないだろう。言っておくがもちろん、古海のような女という意味だ。
「俺のダチなんだけどさ。この間も昼飯いやな顔ひとつしないで作ってくれたし。俺の家に来る?って呼ぶと当たり前のように家の掃除とか洗濯とかしてくれるし、あまつさえ次の日の飯までつくってくれんだぜ?」
仕事も真面目で人当たりもいい、うん。誰にでもオススメできるやつだよ。うんうんとひとり頷いて、大野を見るとぶわっと目に涙を浮かべていた。え、何。その反応。
「海藤少佐…それ、友人といわずにその人と結婚すべきですよ!!」
肩をつかまれて揺さぶられる、しかも結構な勢いだ。軍に所属しているだけあって大野の力は強い、そんな男に思いっきり揺らされてみろ、目が回る。
「大野っ、俺のはその気は全く、ない!ただの友達だし」
大野は手を離してくれたがチッと舌打ちされた。何故ここで舌打ちした
「あなたが結婚すれば酒に付き合わなくていいと思ったんですが」
大野…お前そんなに堪えてたの?言ってくれなきゃ分らないよ俺。でも止めてやらないけど、だって家に帰ってあのごみ山のなかにひとりぽつんは寂しいじゃん。
「嫁にも言われたんですよ、もうすぐ娘の誕生日なんですけどその日は早く帰ってこられるんでしょうね。って。その日は俺付き合いませんからね」
「へぇへぇ、さすがの俺もそんな日に付き合えって引っ張らんよ」
どうですかね、と苦笑される。ひでぇな、俺そんなに信用ないかね。
「つーか、ユウナちゃん。いくつになるの?」
大野の結婚式には軍総出で出席している、軍人の結婚式なんて男達の考えることといえば新婦側の友人目当てだ。大野への祝福もそこそこに、新婦側の友人ばかり見ている。まぁ、結婚式の友人なんて女側だって男側だって考えていることは一緒だろうが。残念ながら俺は可愛いなって思った女は持っていかれた。階級はひとつ上の中佐なのだが俺が雑務ばかりの部署にいる平和な場所と違って向こうはきちんとした部署だ。武器なんかを持って毎日のように訓練している。
彼女とは何ヶ月か付き合ったらしいが「あなたがこんなマザコン野朗だったなんて知らなかった」という言葉とともに別れを突きつけられたらしい。俺は大爆笑してやったがデートと母親の誕生日。母を優先して何が悪い!と涙目になっていた。それはそいつが悪い。話が脱線した。
「次の誕生日で5歳なんですよ。パパ、パパってそりゃあかわいいものですよ。誕生日に何をプレゼントしようか悩んでいて。何がいいと思います?」
デレデレとした笑顔を隠しもしない。
「俺に子供の誕生日プレゼント聞くのは間違ってるだろ。まぁ女だったら装飾系渡しておけば固い」
タバコの煙を一気に吸い上げ、吐き出す。
「止めてくださいよ!海藤少佐と付き合うような金目当ての女と俺の娘を一緒にしないでください!!」
そっちから聞いておいてなんだそれは!しかも金目当てで付き合われてたの?初耳だわ。でもデートのたびにあれこれ買って欲しいといわれたような思い出がある。買ってやらなかったけど。どうしてお前のために俺の金ださなきゃいかんの?て聞いたら最低とぶたれた思い出もある。金をせびる女に最低と言われるのは気分がよくない。最低なのはどっちだ。
「やっぱりぬいぐるみがいいかと思うんですよ。この間大きなクマのぬいぐるみを見てキラキラ目を輝かせていたし。…でも誕生日に何が欲しい?と聞いたら、妹か弟が欲しいっていうんですよ。かわいいですよね。まぁ、子供はふたりは欲しいし、嫁さんとも話しはしているですけど」
おもしろくない。娘がかわいい云々の話はいいが、夫婦の間のいちゃいちゃやノロケは聞きたくもない。しかも人に誕生日プレゼントなにがいいかと聞いておいてほとんど決定してるじゃねぇか。
「へぇへぇ、幸せそうで何よりですねー」
もうほとんど残っていなかったタバコをべらべらとノロける大野の口につっ込んでやった。
「-っ、げほげほっ!!少佐っ!!人の話聞いてました!?俺、娘のためにタバコ」
「あーうん。止めてるんだったね。せいぜい嫁さんに糾弾されるといいよ」
へらっと笑う俺に大野は眉を吊り上げた。
「ほんっと最低ですね!」
タバコを離して足で踏み潰す、それを横に投げて海の中に吸殻が落ちた。あーあーそんなところじいさんらに見られたら怒られるぞ。と思いながらも俺は注意しない、海などどうせもうドブ川だ。油は当然のように浮いているし、毎日のように死んだ魚が浮いている。それでも臭いがしないのは何かの装置を発明して臭いの基となるものを抑えているらしい。しかしその装置も廃油の量がすざまじく問題解決には至っていない。

結局今日も今日とて何事もなく1日が終わる。

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