駄文

鏡の国の 02 めあり


次の日ありすは、母親に連れられて新しく通うことになる学校へと向かった。舗装されていない道を通って洋館へと辿り着いたものだから、この辺りはこういうものだと思ったのだけれど、学校への道のりは舗装されて綺麗なもので、校舎もごく普通のもので、あの洋館がおかしいのだとありすはこの時知った。
車を降りて校舎に近づく、不安でたまらなくなって、うさぎのぬいぐるみを抱きしめたくなったけれど隣には母親がいて何を言われるか分らない、ありすは仕方なしにスカートをぎゅっと握りしめるだけで耐えた。母親の後ろを歩きながら職員室へと行き扉を引くと、自分の担任の先生になるという女の先生がありすを迎え入れてくれた。職員室には他の先生達もいて、忙しそうに机に向かって何かを書いていたり、のんびりとお茶を飲んでいたりしていた。
「初めまして、今日からありすさんの担任の先生になります。あんなです」
にこりと微笑んであんなは手を差し出してきた。握手を求められていることは分っていたが、初対面の大人はなんだか怖くてありすは頷くだけに収まった。
「こらありす!先生が手を差し出しているのだから握手をしなさい」
母親に窘められて眉を下げる。
「いいんですよおかあさん。よろしくね」
あんなは笑顔で母親に言い、ありすにもにこりと微笑みかけた。ここからはひとりになる、母親に付いて来てもらうなんてことは望んでいないし、してもらいたくなんてないけれど。不安ばかりがぐるぐるとありすの中に押し寄せてくる。
母親があんな先生によろしくお願いします、とお辞儀をしてありすにしっかりやるのよ。と声をかけてから帰ってしまうと、ありすはすぐに鞄をごそごそと開いてうさぎのぬいぐるみを取り出した、ありすの精神安定剤。
「ありすさん?学校にぬいぐるみは駄目ですよ」
ありすは首を横に振るった。
「でもね、ありすさん」
なおも言葉を続けようとするあんな先生にありすは嫌だ嫌だと首を横に振った、小さな子供の駄々っ子のような姿ではあったがありすは必死だった、これがなければ安心できない。前の学校に居た時にぬいぐるみを先生に取り上げられてパニックを起こしたこともある。
「分りました、でも授業中に遊んでは駄目ですよ?」
この言葉にありすは不機嫌になる、許してくれたのはありがたいけれど、どうしてぬいぐるみも持っているイコール遊ぶという発想になるのか分らなかった、ぬいぐるみを持っていてもありすはきちんと勉強する。特別頭がいいわけではないけれど前の学校で分からないことはあまりなかった。 それなのにこう言われるのはありすにとって癪だ。大人は偏見でものを見ているとありすは強く感じた。けれどあんな先生は遊べないといったことに対して不機嫌になってしまったのかと思い、窘めるように声をかけられる。
「いい?遊ぶことも大切だけれど、学校はお勉強もする場所なのですよ?」
ありすにイライラが募る。
「分ってます」
今まで以上にきっぱりとものを言う、それに驚いたのかあんな先生は目を丸くしていたけれど。「そうですか」とまだ不安そうに声を出した。それからありすはあんな先生に連れられて新しい教室へと向かった、ありすのクラスは3年3組なのだそうだ。
みんないい子だからありすさんもすぐにみんなと仲良くなれると思いますよと先生は和やかに語ったけれど鵜呑みにはしない、先生の前ではいい子かもしれないけれど、他の子の前でいい子とは限らないのだ。あんな先生は3年3組とプレートの書かれた教室の前で足を止めて、先生が呼んだら教室に入ってくださいね?と言われてこくりと頷いた。あんな先生が1人で教室に入っていく。
「おはようございます!」
元気で明るいあんな先生の声が響く。
「おはようございます!」
生徒の声が響いてくる、教室の外に1人残されたありすは今すぐにでも帰ってしまいたい衝動に駆られた。今なら1人だし帰ってしまっても誰かにすぐに止められる心配は無い、ああでも家が遠い、歩いて帰りたくない。
でもこれからはあの距離を自分で歩いていかなければならない。毎日車で送り迎えしてくれればいいのに。ありすはうさぎのぬいぐるみを強く抱きしめた。
「ありすさん、入ってください」
名前を呼ばれてはっとする、ありすはどきどきしながら教室の扉に手をかけて開いた。上靴を履いた足であんな先生の立っている教壇の横に並ぶ。
「今日からこの3年3組の新しい友達になるありすさんです」
あんな先生の紹介と共にもの珍しそうな目がありすに向かう、30人分の目、60個の目。見てる、見てる、見てる。心臓が嫌な音を立てる。どうしてそんなに見るの、引っ込み思案なありすにとってこの視線は耐え難いものだった。
「ほら、ありすさん」
「よろしくおねがいします」
あんな先生に促されて、小さな声でお辞儀をした。
「ではありすさんの席は、めありさんの隣が空いているわね」
めありという名前を聞いてありすはぱっと顔を上げる、驚いた表情だったが、他の人が気にした様子はなかった。自分がめありだと分るように手をひらひらと振ってくれた。茶色い髪がふわふわとしている可愛らしく、優しそうな女の子だった。ありすは緊張した面持ちで、めありという少女の隣の席へと着く。
「よろしくね、ありすちゃん」
「うん」
隣からひそひそとした声でめありがにこやかに話しかけてきた。ありすはいきなり話しかけられて戸惑ったものの、首を縦に振るった。

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