駄文

鏡の国の 03 ぶらいあん


「ねえ、ありすちゃん。その子には名前があるの?」
休み時間になるとめありは、にこにこしながら話しかけてきた。
「う、うん。実はこの子めありっていうの」
少し緊張してその名前を口にした、自分と同じ名前のぬいぐるみなんて気持ち悪く思われないだろうか。偶然のこととはいえ、初対面の人が自分と同じ名前のぬいぐるみを持っていると知ったら、あまり気持ちがいいものでは無いと思う。
「そうなんだ!わたしと同じだね!」
でもめありの反応はありすの想像とは全然違って、むしろ嬉しそうだった。少し驚いて目をぱちくりとさせる。
「わたしはめありでこの子もめあり。ふふ、ありすちゃんとはいい友達になれそう。よろしくね」
にこにこと言われてありすは嬉しくなった、友達と遠く離れることになってしまって、新しい友達は出来ないかと思っていたのに。こんなにも早くから友達が出来るなんて。
「うん。よろしくね」
ありすはにこやかに頷いた。

放課後になるとありすは新しく出来た友達について鏡のありすに話してあげたくて、帰り道を走った。行きは母親が送ってくれたものの、帰りは自分で歩かなければならなかったのでとても長い道のりに感じた。本当はめありと一緒に帰りたかったのだけれど残念ながらめありとは家が反対方向だった。ばたばたと慌しく玄関の扉を開けて靴を脱ぎ散らかす。
「ありす!靴はちゃんと整頓しなさい」
すぐにでも鏡の中に住むありすに、新しい友達のことを話してあげたかったのに、母親の声に止められてしまう。ありすは少しむっとしながらも、小さな靴を丁寧にそろえてから足音を響かせながら2階へと上がる、自分の部屋にランドセルを置くとすぐに鏡の部屋へと向かった。
「ありす、ありす」
鏡に向かって名前を呼ぶ。自分の名前を鏡越しで呼ぶなんて変な気分だが、鏡の中にいる友達も自分と同じ名前なのだから仕方が無い。
「どうしたのありす?」
ありすの呼びかけに答えて、鏡のありすは首を傾げた。
「うん、聞いて、聞いて、学校でね新しい友達が出来たの。めありって言うんだよ」
嬉しくてぺちゃくちゃと喋る。
「ふぅん」
こんなに嬉しかったのに、鏡のありすの反応はいまいちだった。どうして鏡のありすがそんなどうでもいいように聞いているのかさっぱり分らない、面白くなかった話なのかと怖くなった。きっと鏡のありすもありすと同じように友達が出来たことを喜んでくれると思っていたのに。
「おもしろく…なかった?」
自分ばかりが楽しくて鏡のありすには不快な思いをさせてしまったのかと、ありすはどんどん不安になってきた。
「いいえ、だけどねありす。あたしはその子と一緒に遊ぶことが出来ないのよ?一方的に聞くだけじゃつまらないわ」
鏡のありすが少し拗ねたような口調で言う、ありすは反省した。そうだ、いくらありすがめありのことを語ったとしても鏡のありすはめありに会いにいけない。友達になりたくても、一緒に3人で遊びたくても鏡のありすは学校に行くことが出来ないのだから。これではまるでありすが外に出れて、友達も作れることを自慢しているように聞こえてしまうかもしれない。嬉しくてたまらなかった気持ちがしぼんでしまう、自分はなんて鏡のありすに悪い事をしていしまったのだろうと罪悪感が募る。
「ごめんなさい。あたし友達が出来たことがすごく嬉しくて」
「いいのよありす、ありすが嬉しいのは十分に伝わってきたもの、でもね、でもありす。あたしはそのめありって子の話よりもありすと一緒に遊びたいわ」
「うん!」
ありすは自分のことを許してもらえたのが嬉しくて笑顔で頷いた。なにをして遊ぼうか、と話を振ると鏡のありすはお人形遊びを提案した。ぬいぐるみは大好きだけれど、お人形で遊びをするのはちょっと恥ずかしいと思っていた。けれどここには鏡のありすと自分しかいないのですんなりと受け入れられた。ありすは今も腕に抱えているめありを見せると、鏡のありすも同じようにうさぎのぬいぐるみを持っていた。そのうさぎのぬいぐるみもありすの持っているものとそっくりだった。
「この子はめありっていうの」
ありすはうさぎの名前を教えていなかったことを思い出して、うさぎの手をぱたぱたと上げながら名前を告げた。
「そうなの、新しい友達と同じ名前なのね」
「……うん」
偶然とはいえ、さっきめありの話をして鏡のありすはつまらなそうだったので少し不安になってしまう、このことに対してもなにか言われてしまうかもしれない。
「この子はねなんしーっていうの」
でも鏡のありすはめありの名前についてなにも言ってはこなかった。ただ自分の持っているうさぎの手をぱたぱたとさせて名前を名乗った、それからありすは鏡のありすと一緒に、母親の夕食だと呼ぶ声が聞こえるまでずっと一緒にお人形遊びをしていた。

****************


次の日の昼休み、ありすはめありと一緒に楽しげにお喋りをした。めありの友達も一緒に混じって、ありすは友達が一気に3人も出来てすごく嬉しかった。めありの元々の友達とお喋りするのには緊張したけれど、めありの友達もいい子でありすはすぐに打ち解けた。3人ともありすの持っているうさぎのぬいぐるみ、めありのことをバカにしたりせずにかわいいといって頭を撫でたりしている。ありすはすごく嬉しかった。
「おい、おまえ!」
楽しく話していると、ありすが話したことのない男の子の声が割って入ってきた。おまえなんて誰のことを言っているのかありすには分らなかったけれど、その少年の指先はしっかりとありすに向いていた。
勝気そうな吊り上がった目、頭はつんつん跳ねていて、ありすを指差す手とは反対の手は腰に手を当てていてすごく偉そうだ。ありすがとても苦手とするタイプだ、そもそもありすは男の子が嫌いだった。いつもありすのことをバカにしてくる。この少年にも同じ空気をありすは感じ取った。
「なに学校にぬいぐるみなんて持ってきてるんだよ!」
案の定ありすの嫌な言葉が飛び出した。この子はただのぬいぐるみじゃなくて、あすにとってとても大切な友達で、精神安定剤のようなもので。でもありすは怖くて言葉を発せず、うさぎのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて俯いて唇を噛む。下手になにかものをいうと余計に火をつけてしまうかもしれない。
「おい!なんか言えよ!ぬいぐるみおんなっ!学校にはぬいぐるみは持ってきちゃいけないんだぞ!」
はらはらしながらめありとその友達が見ている。
「こんなぬいぐるみなんて!」
ぐぃっとめありの長い耳が引っ張られる。ありすは恐怖した。このままでは奪われてしまうどころか、耳がもげてしまう。
「やめて!!めありに酷いことしないで!!」
「はあ?おまえぬいぐるみに名前なんか付けてるのか?しかもあいつの??友達の名前をぬいぐるみにつけるなんて気持ち悪いんだよ!!」
「やだやだやだやだ!!やめて、やめてやめてよっ!!」
ぬいぐるみを引っ張ってくる男の子から、なんとかしてぬいぐるみを守ろうとぎゅうぎゅうと抱きしめる。こんなの酷い!
「こらっ!!ぶらいあんなにをしているの!?」
ちょうどそこに先生が戻ってきて、ぶらいあんという男の子の行動を叱る。ぶらいあんはぱっと手を離して、その反動でなんとかして取られない様にしようと力を込めていたありすは反動で転んでしまう。転んだことよりもめありの耳が少しほつれてしまったことが悲しかった。視界が涙で滲む、泣きたくなんか無いのに、でもうさぎのめありにとても痛い目にあわせてしまったことがショックだった。
「だって先生!!こいつ学校にぬいぐるみなんて持ってきてるんだぜ?初め会った時も思ったけど!!違反じゃないですか!」
ぶらいあんが座り込んだままのありすを指指して言う。
「人を指差すんじゃありません。ありすさんはぬいぐるみで遊ばないという約束で、持ってくることを許されているんです」
ぬいぐるみで遊ぶという言い方にかっと頬に赤みがさす、学校の友達とは子供っぽい遊びだと知っているから、ぬいぐるみで遊んだことなんてない。だから約束なんてしなくたってするつもりなんてないのに。
「はっ、ぬいぐるみで遊ぶなんて幼稚園児みてー」
案の定ぶらいあんにはっと鼻で笑われた。先生も酷い、なにもありすのことを分かっていない。ありすは溢れそうになる涙を必死で堪えて立ち上がると教室の外に飛び出して走り出す、何処をどう走ったのか覚えていない、廊下の片隅でぬいぐるみを抱きしめて唇をかみ締める。男の子は嫌い。前の学校の時もそうだったけれど、ありすのぬいぐるみを見てバカにする。先生も嫌い。勝手な思い込みで状況をさらに悪くする。
「ありすちゃん」
ひとり耐えていると心配そうな声がかかってきた、驚いて振り返るとそこにはめありの姿があった。
「めありちゃん」
小さな声でめありの名前を紡ぐ、でも声を出したら泣いてしまいそうですぐに唇をかみ締めて下を向く。
「ぶらいあん君のいうこととか、先生の言うことなんて気にしなくていいと思うよ」
その言葉でぱっと顔を上に上げた顔をすぐに下に向けてこくんと頷いた。するとめありに続いてめありの友達もやってきて大丈夫?と声をかけてくれた。こんなに気にかけてくれる友達が出来たことにありすは嬉しくて何度も何度も頷いた。

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