駄文

鏡の国の 06 動物の友達


その日からありすの日常は激変してしまった。めありは次の日に自分がいいすぎたと謝ってはくれたが、そのめありが他の人にありすが鏡と会話をしていたということを伝えてしまいその話が急激に広まった。
元からうさぎのぬいぐるみをいつも抱きしめているありすは、怪訝な目で見られがちだったということもあり、距離を置かれるようになってしまう。
ありすのことを友達と言ってくれためあり、けれどありす自身が自分の友人である鏡のありすを拒絶されたことにより、めありを信じられなくなり距離を置くようになってしまった。そのせいもあってめありもありすに近寄ってくることはなくなってしまった、学校での孤立化。それがありすを苦しめていたが、なんでも学校だけの話ではない。
ありすが鏡と会話をしているという話は学校の外でも出回ることになり、それが両親の耳に入ることになってしまった。
ありすは自宅でなんの変哲もない鏡の前に立たされていた、そこには自分の姿が映っている。ありすにはちゃんと分っている、ここに写っているのは自分で鏡のありすではないということを。鏡のありすはあの部屋に居るだけで、他のどの鏡の中にもあのありすが存在しているわけではない。でもそれを知らない両親はこうして何の変哲もないただの鏡の前にありすを立たせている。
「ありす、ここに映っているは誰?」
母親が後ろからありすの肩を優しく支えて、ありすに問いかける。
「ここに写っているのはあたしだよ。なんでそんなこときくの?」
ありすが言うと母親はほっとした表情をした。
「そう、そうよね!ここに写っているのはありすよね。ねぇ、じゃあどうして鏡の中の子と友達なんていったの?」
ありすはげんなりした。あれからというもの毎日のようにこの何の変哲もない鏡の前に立たされてこの子はだあれ?と問われる。
「もうどうでもいいでしょ、あたし学校行って来る」
どうせ母親に話しても理解してくれるわけがない。「友達だよ」と言ってくれためありでさえ鏡のありすを否定した。
ありすは母親を振り切って学校へと向かった。
学校は散々だった、ありすを遠巻きに眺めてひそひそと声を潜めて話している。「鏡と話してるなんて気持ち悪い」「だいたいぬいぐるみを持ってる時点でおかしいと思っていたのよね」「変な子」「気持ち悪い」ひそひそ、ひそひそ。ありすの耳にはその声が全部入っていた。
めありがその輪の中に入っていないのは不幸中の幸いではあったが、めありでさえも鏡のありすの存在を信じていないということは分かりきっていた。
けれどありすは学校で友達なんていなくたっていいとさえ思いはじめていた。家に帰ってあの鏡の部屋に行けば鏡のありすが何時でも待っていてくれる。めありと喧嘩をしたあとに鏡のありすに謝ったのだ、めありがひどいことをいってごめんなさいって。でも鏡のありすはにこやかに微笑んで「気にしてない」とありすを許してくれた。それだけでなくありすの1番の友達はあたしだよ、と言ってくれた。自分には1番の友達がついている、それだけでありすの心は救われていた。
自宅へと帰ってくるとすぐに鏡のありすの元へと向かった。最近では自分の部屋にいるよりもこうして鏡の部屋にいることのほうが多くなっていた。
「ありす、ありす、今日は何をして遊ぶ?」
わくわくしながらありすは鏡のありすに問いかける。
「ありす、あたしね動物と一緒に遊びたいの」
「どうぶつと?」
鏡のありすの言葉にありすは首を傾げる。
「そう、でもねありす。あたしはここから出ることが出来ないの」
それは知っている、鏡のありすはいつもいつもここに居る。本当ならばありすはこの部屋から出て外で一緒に遊びたかったけれど鏡のありすはここから出ることが出来ないから諦めていた。でもそうか、出られないのなら外にあるものをここに持ってきて一緒に遊べばいい。
外で遊ぶよりも楽しさは減ってしまうかもしれないけれど、でもきっと外のものを見たことがない鏡のありすは喜んでくれるに違いない。
「うん!!じゃあ今度動物を連れてくる!!」
なにがいいかな、犬とか、猫とか、うさぎとか。でもありすの家では犬を飼っていないし、野良猫は見たことがあるけれど一緒に遊ぼうと近づこうとして逃げられてしまったことが何度もある。動物を捕まえるのは難しいことなのかもしれない。
「……でも、どうやって連れてこればいいかな?すばしっこいからなかなか捕まえられないかも」
不安げなありすとは対照的に鏡のありすは微笑んだ。
「簡単なことよ、ありす」
そうして鏡のありすは説明してくれた、鏡のありすと動物とありすと一緒に遊ぶためにどうやって動物を捕まればいいのかということを。
次の日ありすは鏡のありすの言うとおりに実行することにした。鏡のありすがいうことはとても簡単なことで、とても納得のいくものであった。
その方法というのはまず餌を置いておいてそこに動物が食いつくのを辛抱強く待っている。するとお腹をすかせた動物、―今回は猫だった。餌を食べにやってくる。
動物が罠の中に入ったのを確認して、ありすは思いっきり仕掛けておいた紐を引っ張る、すると仕掛けてあった網の籠が動物を覆いかぶさるようにして捕まえることができた。こんなに簡単にいくなんて思っていなかった。簡単に捕まえられてしまったことにありすは喜んだ。
猫は籠のなかでぎゃあみゃあと低い声で鳴いている。あんまりかわいい猫ではなかったけれど、まあ初めてなのだから鏡のありすもそんなに文句を言わないだろうと思う、ありすは籠に近づいてしっかりと上を押さえる。ゆっくりと籠を開けると、ねこを掴んで、用意しておいた色のついたビニール袋のなかに入れてぎゅっと口を縛る。ねこはまだ暴れていて逃げようともがくのをありすは懸命に抑え込んだ、どれぐらいの時間が経ったのか、ようやくねこは静かになった。ありすはほっと息を吐いて、鏡のありすのところへ駆け出した。
「ありす!ありす!連れてきたよ!」
抱えていたビニール袋のまま鏡のありすに見せて、これでは見えないと気づいて、ビニール袋からねこを出してあげたけれど、ねこはぴくりとも動かなくてありすは焦った。せっかく連れてきたのに、どうしてしまったんだろう、そっと体に触れると冷たくなっていた。捕まえるときにはあんなにも温かかったのに。
「どう、しよう。どうしようありす!動かなくなっちゃったよ」
ねこを懸命に揺さぶるけれどちっとも動いてくれない、でもそんなありすに鏡のありすは微笑んだ。
「安心してありす。鏡に写して」
どうして鏡のありすが笑っていられるのか分からなかったけれど、ありすはねこを抱きかかえる、ぐったりと動かない。鏡にしっかりと写すとねこが鏡のなかで瞬きを繰り返した。鏡のありすがねこをゆっくりと地面に降ろすと、かわいくない鳴き声を上げながら、それでも嬉しそうに鏡のありすの周りをくるくると走り出した。
「ねこが、ねこが鏡のなかに入っちゃった!」
冷たくなったねこは床に置いて、ありすは鏡に駆け寄った。手を当てるけれどやっぱり冷たい鏡の感触があるだけでありすはなかに入れない。
「ありすありがとう!今まで動物を触ったことがなかったの。すごく柔らかいのね」
鏡のありすがねこを撫でると、ねこは嬉しそうにごろごろと喉を鳴らした。よかった。動かないからどうしようと思っていたけれど、ちゃんと元気だ。それにありすも喜んでくれている。ありすにもっと、お友達を届けてあげよう。
「ありす。わたしもっと連れてくるよ」
「ありがとう、すごく嬉しい」
ありすは笑いながら、鏡の中のありすと鏡の中のねこを見た。ありすにはもう床に転がるねこの屍など入らなかった。しばらくふたりと一匹で遊んでいると、クッキーのおいしそうな匂いが漂ってきた。
「ありす、クッキーが焼けたわよ。おやつにしましょう」
「うん!今行く!」
母親の自分を呼ぶ声にありすは元気に答えると、ふたりにまたねと声をかけて鏡の部屋を出て行った。
それからというものありすは何度も動物を捕まえようと試みるようになった。
試行錯誤をしながらも、ありすに友達を届けてあげようと頑張った。野生のねこはあれからあの方法では捕まえることは出来なくて、学校で飼育されている金魚、うさぎと連れて行った。鏡のなかはどんどんにぎやかになっていった。
金魚は鏡のなかで空を飛び、ねこと喧嘩してしまうかとも思ったうさぎもとても仲良くしている。今度は犬にしよう、学校に行く途中に犬を飼っている家があって名前も知らないけれど、いつも尻尾を振って迎えてくれる、鏡のありすもきっと喜んでくれる。
学校帰りにその家へと行くと何時もの通りに留守。こっそりと庭に入ると犬は嬉しそうにありすのところに駆け寄ってきたけれど、途中でリードがぴんと張って、これ以上近寄ってこれない。
「待っててね」
ありすは一言声をかけて、繋ぎ止められている杭からリードを解いてあげると、犬は散歩してくれるのかとぴょんぴょんと飛び跳ねた。かわいい。ありすは嬉しくなって、犬と一緒に道路へと駆けだした。家に帰ってくると母親は買い物に行っていていないみたいだ、そのことにほっとしながら犬を連れて鏡の部屋へとやってくる。
「ありす、今度は犬を連れてきたよ!」
「わあ、うれしい!」
はしゃいだ鏡のありすの声に、ありすは嬉しくなって犬を鏡の前に立たせたけれど、犬はありすの隣にいる、鏡のなかにいる犬も、同じ動きを繰り返しているだけ。鏡のありすは手を伸ばすけれど、犬には触れられないみたい。どうしてだろう。
「ありす、それだとあたしは触れないの。ねこも、金魚も、うさぎも、みんな動かなかったでしょう。そうしないと鏡のなかに入ってこられないの」
「そうなの…」
残念だと犬に視線を向ける、ねこもうさぎもビニール袋のなかに入れてじっとしていたら動かなくなった、金魚は水から出してしばらくしたら動かなくなった。でも犬はこうして動いている。せっかく連れてきたのに、鏡のありすはこの犬と一緒に遊ぶことは出来ないんだ。
「ありす、あたし、その子とも一緒に遊びたいよ」
「でも、この子はまだ動いているよ?」
舌を出しながら息をしている犬に視線を向けると、尻尾を振ってありすに笑顔を向けている。
「簡単なことよ、ありす。うごかなくしちゃえばいいんだよ」
鏡のありすの言葉にありすは視線を鏡に向けた。鏡のありすは微笑んでいて、金魚が空を飛びながら尾ひれで虹を描いていた、ねことうさぎはお互いに寄り添って、うさぎが猫ねこの毛の毛づくろいをしている。とても幸せな光景だった。この犬は鏡の国で、こっちの世界にいるように誰もいない庭であんなふうに打ち付けられた杭に縛り付けられることなく自由に遊んでいられる。
「そうだね、ありす。みんな一緒に遊べるものね」

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