駄文

ねこふんじゃった02


深夜の公園の街頭は不気味に点滅していて周囲に虫が数匹飛んでいた。冷たい風が肌を刺し、木々が揺れる音は不気味さを醸し出していた。
「くるぞ、くるぞ」
黒猫は赤い両目をらんらんと光らせた。オッドアイだったはずなのに、今では両目が赤く染まっている。敵を吸収しているためだと言うが詳しいことは分からない。林のなかから現れたのは、一反木綿に巨大な足が生えた謎の生物だった。空を自由に飛びたいなの夢を実現した一反木綿さんが両足を地につけてしまっているのは、一反木綿として間違っている。
「いつもの通り技を繰り出すのだ!」
黒猫も喋る、スーツのおじさんがピンクのステッキを振るう夢なのだから何があってももう驚かない。むしろ次にどんな技が出るのか楽しみになってきた自分もいる。よしとステッキを握りしめる。
「待ちなさい!あなたの目論見通りにはさせないわ!」
上から声が降ってきた、街灯の上に立つ細身のシルエット。それはスカートをはためかせて街頭から飛んでふわりと地面に着とした。
「ママに代わってお仕置きよ!」
何処かで聞いたことのあるようなフレーズで決めポーズを取る女性。大きなリボンが胸元で揺れ、膝上ミニスカート。黒髪のツインテール。彼女の年齢では些か無理がある。彼女の足元で真っ白な猫が鳴いた。ああ。とぽんと手を鳴らす。納得した。
「公園の看板に書いてあった不審者は君か」
「ちがっ、…くは、ないけど!私だって好きでやってるわけじゃない!この猫が!世界を救う魔法使いになれっていうから!仕方なくよ!」
彼女はにゃあと鳴く白猫を指差したがくりくりとした無垢な瞳を彼女に向けたかと思えば、首を傾げて、猫らしい仕草で毛並みを整え始めた。やはり不審者か。
「変質者を見る目で私を見ないでよ!」
ぶんとハートと星がふんだんに装飾されたステッキを振るうと、文字が襲ってきた。『モンペ滅びろ!』咄嗟の出来事に受け身が取れずにまともに腹に食らってしまった俺は飛ばされて電柱にぶつかり、電柱に罅が入った。戦闘服を着ていなければ命が危なかった。…多分。地面からのそりと起き上がる、それでも痛いものは痛い。
「あれを食らってもなお起き上がるというの!?」
彼女は下唇を噛み、さらにステッキを振るった。『いい人いないの?の質問がきつい!』俺は慌てて自分のステッキを振るう、「親からの結婚しろのプレッシャー」が現れてお互いにぶつかり合うと光の粒子となって霧散した。これには俺も彼女も驚いた。魔法少女(?)が怯むと足の生えた一反木綿が彼女を踏みつぶそうと足を振り下ろす。彼女はひらりとかわしたが、鼻をつまんで足くっさ!と飛び跳ねている。黒猫がなんとも言えない表情でそれを見ていた。
「あの子はあいつらの仲間ではないみたいだけど…どういうこと?」
黒猫に視線を向けると、彼は顔の真ん中に皺を寄せた。
「わからん、ただ」
視線を白猫に向けたかと思えばすぐに足の生えた一反木綿に向けられる、一反木綿は飛び跳ねながら逃げている魔法少女に向けて足を振り下ろしている。どすんと地面に足が踏み下ろされるたびに地面に巨大な足型が残されていく。
「早めに倒したほうがよさそうだ」
「ああ」
猫の言葉に頷いて、ピンクのステッキを構える。スーツ姿に女児が持つようなおもちゃみたいなピンクのステッキ、近くにはその年ではきついと思われる程の丈しかないミニスカートに大きなリボンの女性が似たような杖を持っている。警察が通りがかれば職質されること間違いなし。ひとまとめに不審者扱いされてしまう。さっさと片付ける。目をつむって視界を遮断する、今までモンスターを相手にしてきて分かったことがある。それは無になり自身のなかに深く深くに潜って、自身の前に横向きにステッキを構えてから、バッドを構えるようにして、目を見開く。そして渾身の力を込めて、打つ!頭上から落下し現れたのは月曜日、じりじりと月曜日が一反木綿ににじり寄って行く。月曜日を見た足の生えた一反木綿はきょとんとした顔でそれを見ている。あまりにも巨大で凶悪な月曜日を目の当たりにしても、彼にはその恐怖は分からないのだ。
「まさか、あなたにこんな力があるというの…!」
女性もよく分からない驚き方をしていたが、その目をきっと吊り上げた。
「でもここでやらせるわけにはいかないの!」
魔法少女(?)がステッキを振るう。『残業』の文字が「迫りくる月曜日」に当たるが、砕け散る。
「くっ」
呻き声をあげて、さらにステッキを2回振るう。『後輩の結婚』『同級生の出産ラッシュ』文字がさらに飛び出すが「迫りくる月曜日」の前にはあまりにも無力だった。
「これでも足りないというの」
彼女の顔は泣きそうに歪んでいる、そして月曜日は一反木綿をすりつぶしていく、足は折られ、地面の上にすりつぶされていく。声にならない声が聞こえ、黒猫は目を赤く光らせて大口を開いた。猫ではありえないほどの大口、すりつぶされた一反木綿は黒の塵になり黒猫の口に吸いこまれていく。魔法少女(?)が絶望的な声を上げる。全てを吸い込み終えた黒猫はぺろりと口の周りを舐めた。
「ふふ、はははははは!!力が み な ぎ っ て き た!」
俺の視線と魔法少女(?)の視線が黒猫に集まる。
「危険よ、魂が放たれるわ!よけてっ!」
澄み切った綺麗な声が聞こえた、魔法少女(?)はさっとその場から離れたが、声を探そうと振り向いた俺は一瞬遅れ爆風に見舞われた。黒い風に巻き込まれ上へ上へと体が吹き飛ばされる、そこを魔法少女(?)が飛んで手を掴み救い出してくれた。ふたりで離れた場所に着地する。
「何が起こってるんだ?さっきの声は誰?」
慌ただしく首を振るう。
「声は私よ。あなたがあのダークネスに何を言われたか知らないけれど、あれは闇の力を内包した恐ろしい化け物よ。魂を消滅することは出来なかったけれど、パーツを分解して、魂をたまたま通りがかった猫に封じたの。力を取り戻そうとあいつはあなたを利用したのよ」
綺麗な声の正体は白猫だった。…で、何?ダークネス?闇の力?今まで出てきた敵は、がしゃどくろに一反木綿だろ?世界観歪んでるよ?ちょっと頭が痛くなってきた。
「復活を阻止するために、彼女に協力してもらったのだけれど。あなたが想像以上に強くてこちらの力が及ばなかったのよ」
魔法少女(?)は白猫の言葉に、悔しそうに顔を歪めた。
「復活してしまったからには、あれを倒さなくてはならないわ」
黒猫だったものは黒い渦となって竜巻のように巻き上がり、曇天の雲を作り出している。俺はぎゅっとステッキを握りしめた、ふざけた夢だろうがここまで長く見ているのだ。最後まで付き合ってやろう。俺はステッキを振りかぶった。
「待って!」
白猫の静止が聞こえたが、俺のステッキに合わせて黒い渦に向かって巨大なビルが突っ込んでいった。あれは俺が務めている会社のビルだ。だがビルは黒い渦に当たると黒い塵となって消えていった。
「あれは負の感情を飲み込んで成長していくのよ!あなたたちの今までの攻撃では戦えないわ」
「じゃあどうすればいいんだ」
ステッキを振るえば意図せずに何か出てきた、技だと言われても正直意味の分からないものばかりだったがそれでも今までそれで戦えていた。なのにその攻撃が効かないとなると方法がわからない。
「負の力ではなく、正の力。つまり、希望を力に変えるの」
なんだかよく聞くような話ではあるが、そんなことを言われてもどうすればいいのか分からない。隣の魔法少女(?)を見ると、無理難題を突き付けられたOLの顔をしていた。きっと俺も同じような顔をしているのだろう。
「あなたたちが無意識に行っていたストレスを相手にぶつけることは本来であれば相手に大打撃を与えるものなの、でも負の感情を求めているあれには効果はない。でも夢や希望はあれが苦手とするものだわ。あなたたちが思い描く夢や理想をあれにぶつけるのよ」
漸くこの夢に慣れてきたと思っていたのだが、色々とツッコみたい、ストレスが技って何!?相手に吐き出すと大打撃って意味が分からない!しかも、ブラック企業に勤めている俺が、夢や希望を語れると思っているのか?理想と現実のギャップがありすぎて、現実を知れば知るほど心がすり減ってきた俺に今更夢を思い描けというのか?絶望している俺たちをよそに白猫は大丈夫だと口元を微笑ませた。
「境遇がどのようなものであれ、誰であっても夢や理想を思い描くことは許されているわ」
それを現実にしようとすれば壁に衝突する。生きていくためには命をすり減らして、理想や夢に蓋をしてこうやってしか生きていけないのだと納得しなくてはいけない。
「目の前の怪物ばかりを見て、挫けそうになるのかもしれない。巨大なモンスターに勝てないと打ちのめされてしまうかもしれない。でも、それは怪物しか見ていないからよ、もっと視野を大きく広げてみて、怪物以外にも見えてくるでしょう」
壁以外を見たくても、どこも八方塞りなんだ。上司に相談出来ない、寝ぼけている暇があるのならさっさと仕事をしろと怒られるだろう。友人には相談出来ない、惨めなやつだと笑われるだろう、安い同情をされるだろう。親には相談出来ない、大手の大企業に就職し自分のこと以上に喜んでくれた顔を覚えている、これで大人になったと立派になったと滅多なことで褒めない父が涙ぐんでいたことを覚えている。何処にも行き場なんてない。だから俺は、電車に、
「思い切って声を上げてみて、今よりももっと惨めな思いになるかもしれない、でもよく考えてみて、あなたの周りはあなたが思うように残酷な人たちばかりなの?」
そんなはずない。
「思い出して、あなたがやりたかったこと、些細なことでもいい。叶わなそうな非現実的なものでもいい。あなたは夢に溢れていたはずよ、希望があったはずよ」
どうして忘れていたんだろう、目の前のことにばかり追われて、それを自分がやらなければならないと背負いこんで、これは俺が本当にやりたかったこと?違う!俺はこんなことをしたかったんじゃない!!
「さあ、力を解き放って」
様々な思いが巡った、置かれている状況は最悪だ。おかしな夢を見て、モンスターだがなんだかよく分からない生き物と戦わされて。どう見ても10代にはごまかせない魔法少女(?)が出てきて、ギャグな夢かと思えば白猫に諭されて、なんだか全部がばかばかしくなった。仕事だってどうしてあんなに必死になっていたのか分からない、電車だってどうして飛び込もうなんて思ったのか分からない。これは夢だ。わかってる。でも目が覚めたら俺は全部をやり直せる気がする。きっかけがこんなバカみたいな夢なんて笑ってしまうじゃないか。隣の魔法少女(?)を見ると、彼女も白猫の言葉を聞いていた。白猫は「あなた」に話しかけていたけれど、それはふたりに向けてだったと今気づいた。
「あなたたちなら大丈夫よ」
根拠のない励まし。だけど、そんな気持ちになれた。ピンクのステッキをスーツ姿で握りしめる、滑稽だ。あまりにも、ばかばかしい。赤くファンシーなステッキを似合わない服装で握りしめていた、自分は鏡を見なければ姿は分からないけれど相手を見れば見るほど、これがどれほど馬鹿らしいことなのかと実感する。
「ふふっ、あはは!ばっからし!はははは、」
突然笑い出した彼女と一緒になって俺も笑う。本当に馬鹿らしい。
「ほんとにな。さっさと、闇の力を持つっていうあれを倒して。夢から覚めようぜ」
「ええ!」
ふたりして杖を思い切り振るった。まばゆい光が視界を覆った。

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